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ビフォア・サンライズ 恋人までの距離のKEYのレビュー・感想・評価

4.6
リンクレイター監督の代表作『ビフォア』シリーズ一作目。

この監督、『6才のボクが大人になるまで』でもイーサン・ホークと組んでいて様々な映画賞を総なめしているのだが、そのプロットを聞けば作品の質の高さは一目瞭然だろう。2時間の映画で数年間を描く中で、役者はメイクや別の役者で〝時間の経過〟を表現するわけだが、どしても違和感を生じてしまう。でもこれは「役にハマっていない」レベルの問題であって、どうしようもない事だ。それに映画を俳優の年に合わせて作るなんて、順番がおかしい。
しかし、そんな途方も無いことをやってしまうのがリンクレイター監督なのだ。

劇中に流れる時間を、役者の年齢と重ねて観れることは滅多に無いだろう。
自分と同じ世代の人で『T2』を観た方は、疎外感を感じなかっただろうか?
「あぁ、20年早くに生まれていれば…」
『トレインスポッティング』から20年後を描いた『T2 トレインスポッティング』では、実際に20年分歳を取っているのだ。とても感慨深い。人生の選択を描いた同作品を観れば、現代の選択肢の方が明らかに多く、恵まれた環境を生きていることはわかる。
しかし、20年前の空気や、その映画と共に育った世代の感動は味わえないのだ。
近年ハリウッドのネタ切れか(知らないが)過去作の続編が増えているわけで、この感覚を味わうことはずっと多くなるだろう。
その疎外感や嫉妬は、恐らく今作でも感じることになる。

前置きが長くなったが『ビフォア』シリーズはイーサン・ホーク演じるジェシーと、ジュリー・デルピー演じるセリーヌのラブストーリー3部作だ。そして2作目の『ビフォア・サンセット』は1作目から9年後、3作目は更に9年後と20代、30代、40代の二人の恋愛模様を役者の実際の年齢を通して観れるのだ。
リンクレイター監督の映画をどれか1つでも観たことがある人ならわかるだろうが、どれも凄まじく中途半端な終わりかたである。今作も勿論同じで、「えっ、この二人これからどうなるの?」と言うシーンで終わる。それから9年後の続編と言うのは、『エヴァンゲリヲン』のそれに近い…製作者の狂気すら感じさせられるが、今作と一緒に育った世代の感動は、やはり相当なものだったのだろう。

3部作の一作目に当たる今作では、ジェシーとセリーヌが列車で出会うシーンから始まる。二人は意気投合し、オーストラリアの首都ウィーンで降りる。しかし、ジェシーは、翌朝の列車で帰らなければならない。この時点で二人が話せるタイムリミットが決まったのである。
それから街で何をするかと言うと、特に何もしない。笑
今作には回想シーンなど無く、二人の過去や考えはセリフとして描写される。
映画的な演出はほとんど無い。シーンも長回しが多く、シリーズでの役者の年齢と言い〝時間〟に対するリアリティが徹底された映画なのだ。

時間に対する拘りは演出や役者の年齢だけではなく、二人の会話にも現れている。
街を歩きながら元カノや、家族、ジョークを話すのだが、そのどれもが自分や社会への不満へ繋がるのだ。少し前に書いた『トレインスポッティング』でもそうだったが、今作でも20代独特の時間に対する焦りを表現しているのだ。
また今作の冒頭のシーンを思い出してみると、同じ列車に乗っていた夫婦の喧嘩から始まる。きっとあれは「こんな大人にはなりたく無い」という悪い未来の例えだったのだろう。
また同じ話題でも考え方がジェシーとセリーヌで変わってくるのも、二人の個性が上手く表現されていて面白い。
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