垂直落下式サミング

招かれざる客の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

招かれざる客(1967年製作の映画)
4.5
娘が結婚相手を紹介すると黒人の男を連れて家に挨拶に来たらどうするか、しかも、その決断を数時間のうちにと迫られたら?
人種問題、本音と建て前、愛する者を思う気持ち、子を心配する親心など、父親、母親、息子、娘、それぞれの葛藤がひとつの家のなかで錯綜する。
「肌の色によって人を差別してはいけない」などと耳障りの良いことを口にするのは容易く、果たして自分のこととなったときに本音として向き合えるのか、今までは他人事だからと楽観視していたのではないか、ということを突き付けられる作品だ。
現在ならば異人種カップルは少なくないが、60年代後半という時代背景を考えると、こういったシチュエーションは今よりもずっと深刻で、現在進行形のリアルタイムな問題だったことだったことだろう。特に白人の上流家庭出身の女性と、黒人の低所得者層出身の男性となれば、自分達はよくても、夫婦となった彼等が周りからどうみられるかということが、当然の問題としてずっと付いて回る。ふたりの両親や、家を訪れる人々が口々に心配だ心配だと言うのも最もな理由だろう。
ふたりの父親は反対だ。人はみな平等だと娘に教育してきたリベラルな父親だからこそ、異人種間夫婦の苦難を知っているし、労働者として家庭を支えてきた父親だからこそ、人の世の世知辛さを知っている。一方、母親が驚くのは最初だけで、子らの真摯さ、一途さに触れれば、共感し応援してくれる。
彼等が歩むであろう「これから」を想像してあれやこれやを心配する男性と、自分達が歩んできた「これまで」の経験から二人のあいだに愛さえあれば心配はいらないのだという女性の対比は実にリアルで、よく人の心理をとらえているように思う。
今でこそ、黒人俳優はアメリカ映画に無くてはならない存在だが、当時は役者どころか表舞台に出てくるような重要職を担っていたのは、ほとんどが白人だった。そんな時代の唯一と言っていい黒人映画スターだったシドニー・ポワチエの名演が光るヒューマン・ドラマの傑作だ。
とりあえず、態度の悪いドライブインの接客がみれたので満足。奇跡的な愛想のなさである。