針

EUREKA ユリイカの針のレビュー・感想・評価

EUREKA ユリイカ(2000年製作の映画)
4.1
凄惨なバスジャック事件に巻き込まれた運転手の男と、乗り合わせた兄妹。心に傷を負った三人のその後の道行きを描いた作品。
青山真治はそのうち観たいと思っていたので休日に気合いを入れて……。
これは見応えがあって自分はけっこう好きでした。シンプルながらもいろいろ考えざるをえないテーマ設定も含めて……。

●ぱっと見で印象的だった特徴を並べると……
①大巨編と言っていいぐらいの尺の長さ
②セピア色の画面
③音
でしょうか。
 ① → 自分は肯定派っていうのを前提にして、いい意味でも微妙な意味でもこの長さによってアイデンティティを獲得した作品という感じは正直します。点だけ繋いでいくとすごくシンプルなストーリーではあって、単純にプロットを消化するだけなら正直2時間弱でやれそうではある。ただそれだと普通のサスペンス調の人間ドラマになってしまって、この映画の旨味のようなものはほぼ全てこぼれ落ちてしまっただろうなーと。
 ② → 冒頭から一貫して茶色がかったセピア色の画面で描かれていく映画。製作年は新しいけどあえて白黒とか、ちょびっとだけセピアなシーンがある映画とかは観たことあるけど、全編通しては初めて観ました。これの生んでいる効果みたいなものを自分はひと掴みには言えないけど……。懐旧のような親しみやすい感情ではなく、迷いと苦しみをたたえた決別したい過去の時間の表現、みたいなものかも。(セピアじゃないけどラース・フォン・トリアーの『ヨーロッパ』は単純な白黒でもなかった記憶があってあれがちょっと近いのかな)
 ③ → 環境音や効果音をかなり大きく入れている作品で、ときにはセリフが聞き取りづらいシーンがあるぐらい周囲の音というものの比重が大きいと思う。サンダルが地面をこする音とか、工具を洗うときの水音とか、コップをテーブルに置くときのコトッという音とか。しかし一番印象が強いのは、バスから響き続けるエンジン音と、窓の外から聞こえてくる夜の虫の鳴き声かな。あらゆる音によってつねに空間が満たされた映画という感じで、それらはときに非常にノイジーでもある。序盤で兄妹の兄のほうが金属のパーツをつぎつぎ地面に投げ出すシーンで、先に投げたパーツに次のが当たるときのカチンカチンという音とか、聞いててけっこうキツいところもあるぐらいでした。あと設定が夏なのもあって、音だけで汗を感じる映画でもあるような。

●上のもろもろからですが、ちょっとおおげさに言うと自分はこの映画を鑑賞するというよりは半ば体験するものとして受け取った感じ。
不必要なシーンがあるというよりは、ストーリーラインを構成するための必須の部分だけにとどめず、各シーンを長々と映し続けるみたいなアプローチの結果として、この悠々たる尺が生じているように思う。
それがまるで自分もその場にいるかのような猛烈な音の充満感と相まって、メインの三人が感じている感覚を自分も一緒になって追体験するような、そういう感じをちょっと覚えました。
……以下超個人的に思ったこと。ストーリーの密度に対して尺がかなり長い映画、つまりプロット寄りじゃなくて雰囲気寄りの長尺映画ってどのみち大きな賭けではある気がする。しかしそこで賭けに勝って、観てる側に「早く終わらないかなー」という気持ちを持たれず悠々たる時間感覚の中に取り込むことができた場合、1時間半とか2時間の映画ではたどり着けない感覚に達する場合もあるのではないかみたいな、ちょっと夢みたいなことを思ったりしました。(先日観たエドワード・ヤンの『ヤンヤン 夏の思い出』と合わせて……)
自分がこれ観てて途中で感じたのは、自分自身の現実生活をいったんやめて、映画が終わるのを待つのを諦める、みたいな感覚? その後は中心に置かれたサスペンス要素は気にしつつも基本はこの映画の時間の流れに身をまかせてボンヤリ観るという感じで、それがかなり心地よかったです。
……ただしこれはごく個人的な見方のような気もする。逆に言うと、そこまで取り込まれなかった場合はすごーく引き延ばされた人間ドラマとして微妙な評価にもなりかねない映画だなーとも思ったり。

ともあれ、隠すほどではないんだけど後半から状況が大きく動き出し、終盤はちょっと圧巻だったりして、ストーリーとテーマで見せるという点も全然おろそかにはしていない映画でした。サスペンス要素でこちらの興味を吊っていくところもちゃんとしてるなーと。

●役者陣
・自分が黒沢清でばかり観てるのが悪いんだけど、役所広司っていつでも人生にくたびれ切った中年男性という印象があって、それがとてもよく似合う。自分の観た出演作ではこれが一番好きでした。
・同じく松重豊も、自分の中では当たり前に存在する社会というものを体現している厳しいオトナみたいな印象の俳優。損な役回り。『孤独のグルメ』とか主演作を観ればまた変わるのでしょうが。
・あとは兄妹を演じている宮崎将と宮崎あおいの、まだ何色にも染まってないような無垢な、それゆえ傷みやすい感じはいいなーと。
・斉藤陽一郎演じる秋彦も重要な役でした。

すごくいいなと思う部分があるいっぽうで、微妙じゃないけどかなりふつうな手を打ってると感じるシーンもあったのですが、総合するといい映画だったなーという気持ち。青山真治はいろいろ観てくつもりだけどこれを超えるものがあるかしら。

中盤以降は展開を知らずに観て面白かったので、一応コメントにつけておきます。
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