あなぐらむ

イルマーレのあなぐらむのレビュー・感想・評価

イルマーレ(2001年製作の映画)
4.5
韓国映画はアクション系よりも静かな映画が好みだし、良作が多いような気がしている。
「猟奇的な彼女」みたいなキュートな話も好きだが、「8月のクリスマス」や「接続」「インタビュー」「春の日は過ぎ行く」辺りはかなり好きだ。

「イルマーレ」は「猟奇的」でも非常にチャーミングだったチョン・ジヒョン主演という事で、ずっと観たかったんだが、近所にレンタルがずっと置いてなくて、この度漸く観られた(そういう時代だったという事でご了承を)。

父と同じ建築デザイナーの道を捨て、工事現場で黙々と働くイ・ジョンジェ扮する男性が住む事になった海辺の家(イルマーレ)。
彼が特徴的な郵便受けの中を見るとそこには手紙が入っている。前の住人だとその手紙の主の女性、チョン・ジヒョンは言うが、彼が最初の入居者のはず。実はその手紙は2年の歳月を隔てた未来からのものだった。恋人と離れ離れになって孤独な毎日を過ごしているその女性と、失意の日々を生きる男性は、手紙を通してお互いを励まし、時には慰め、やがて惹かれていく。しかし時間が離れている限り二人は直接逢う事もできない……。

同モチーフの映画として、同じ韓国映画「リメンバー・ミー」があるが、発想自体はこちらの方が早かったそうだ。時空を越えた出会いというカセによる一種のすれ違いロマンスものと言えるが、主眼は恋愛の成就ではなく、失意の中で生きる人のどうしようもない孤独感、寂寥感を描き出す事であるように思える(特典映像にある監督のコメントでもそのように言ってた)。
寂しさを共有する両者が、手紙という温かみのあるコミュニケーション手段で互いを励まし、少しばかりの癒しを手に入れていく。LINEでもなく、Eメールでもなく「手紙」である事がここでは重要で、いつ届くのか、来るのかすら分らない「即時性を持たない」メディアである事がお互いの気持を優しく高め、不安にさせていく。それはまさに恋をする事の歯がゆさやときめきにも似ている。ゆったりとした静かな演出が施され、声高ではないじんわとした感動を見る者に与えていく。

チョン・ジヒョンは「猟奇的」の元気闊達なキャラではない、不安定な想いに揺れる女性の心情を静かに演じ、寧ろこちらがハマり役のようにさえ思えた。ちょっとした時に見せる笑顔がとても素晴らしい。相手役イ・ジョンジェは「インタビュー」「ラスト・プレゼント」等で知られる演技派俳優(現役でやっておられて凄いよね)。韓国の俳優さんはハン・ソッキュやイ・ジョンジェのようなルックス勝負ではない人の方が好き。この作品でも父との深い確執に苦しみ、孤独感の中で生きる男性像を大げさではない演技で説得力のあるものにしている。

監督さんは非常に寡作なようで、本作以降にもあまり作品は発表していない様子(今は知らん)。切り取る映像は冴え冴えとした美しさを湛えていて、海辺の景観はそれだけでも充分観る価値がある。抑制の効いた落ち着いた演出、視覚処理も効果的に使用していて安定感があった。
プロデューサーが「春の日は過ぎ行く」と同じ人だと知ってこれも納得。
クライマックスは少しショッキングではあるが、観た後に深く静かな感動が広がる映画だと思う。

余談だが、二人を繋ぐワンコ(「コーラ」ちゃん)がもう無茶苦茶可愛くていい子で、観ている間中目尻が下がりっぱなしだった。