くりふ

メリエスの素晴らしき映画魔術のくりふのレビュー・感想・評価

3.0
【奇術と物語のあわいで】

どちらか言うと併映『月世界旅行』彩色版の銀幕映え確認、がお目当てでしたが、本作もみた甲斐ありました。すげえ薄かったので劇場で見るもんか?とは思ったけど(笑)。これ実はTV向け?

メリエス史をある程度知っていると今さらな内容ですが、本作の不足感そのものが、映画作家としてのメリエスに何が足りなかったかを、改めて考えさせてくれます。

知ってる人は知ってると思いますが、奇術師だったメリエスにとって、映画とはまず、奇術をより面白く広く伝えるためのツールだったんですね。

だから本作で幾つも紹介されますが、奇術が中心を占める初期短編の方が、ずっと面白く、演じるメリエスも生き生きしています。これは楽しい!カメラで撮る、のでなく、創る、ことを始めた功績は大きいと思うのです。

が、奇術師の自分を生かせても、そこからの脱皮は難しかったのでしょうか。メリエスが表舞台から消えた理由は、自作の権利問題や自社の経営問題など、幾つもあったと思いますが(『ヒューゴ』で白けたのはここ極薄だったから)、作家としては、観客が求め始めた物語(ドラマ)を作れなかったからでは?

映像という舞台上のサーカスである『月世界旅行』を見れば端的に感じます。人物は進行道具で個性がない。驚きはあってもドラマで心が動くことがない。

本作はメリエス賛歌で、彼の影をほとんど描かないけれど、描かないことで、かえってそれを意識してしまうところが、私には興味深かったです。

そして映画としては薄かったけれど、映像として一目で伝わる点がよかった。孫が書いたメリエスの伝記を、時間見つけて微々と読んでいたのですが、よく書かれているけれど、やっぱり映像作家は映像で見るのが一番だな…と、改めて感じていたところだったのです。百聞は一メリエスにしかず。

映画後半はジャンクだった『月世界旅行』レストアお疲れ様レポートですが、フォトショップのチュートリアル・ムービーみたいでしたねえ(笑)。古く腐食したフィルムがバームクーヘンみたいで、食べられそうだなあ…なんてどうでもよいことを思ってしまいましたが。…お昼どきだったし。

で実は、本作で一番心が躍ったのは、メリエスが作った映像より、冒頭と中盤に登場する、当時のパリ路面電車から撮ったと思われる、ファントム・ライド映像でした。

カメラを追う子供たちがホント楽しそう。メリエスの虚構とは間逆で新鮮でしたが、こんな愚直な眼差しに回帰すれば、メリエス作品はまた変わったのかなあ…なんてことも思ったりしました。

あ、トム・ハンクスが登場するスタジオ撮影再現が謎だったんですが、調べたら『フロム・ジ・アース/人類、月に立つ』というドラマ、最終話の1場面だったんですね。原題はヴェルヌの「月世界旅行」からとか。知りませんでした。機会あればこれ、元をみてみたいですね。

<2012.11.2記>
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