黒沢清「ホラー映画ベスト50」(1993)第27位
ヴァイマール期ドイツで製作された表現主義怪奇映画の傑作。オリジナルは94分だそうだが、残念ながら鑑賞できたのは62分の縮約版である。およそ3分の1ほど短縮されてしまっているが、怪人オルロク伯爵(ノスフェラトゥ)の異容は十分堪能できる。
基本的にはブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(1897)の翻案だが、舞台が19世紀中ごろのドイツに変更され、登場人物・描写もことごとく改変を施されている。ストーカーの遺族との訴訟騒ぎもあったようだが、それは措く。
やはり、本作はマックス・シュレック演じる伯爵の怪異な容貌と不気味さを強調する演出に尽きる。顔の各種感覚器を巨大化し、コウモリや昆虫をイメージさせる禿頭・痩身の姿、また疫病の象徴であることが強調されるなど(やや反ユダヤ主義を彷彿とさせる危うさがあるが)、ストーカーの原作あるいはそれに続く映画化作品とは異色の演出になっている。
また伯爵の馬車が駆けるシーンでネガポジを反転させてみたり、プリミティヴではあるがコマ撮りアニメーションを盛り込んでみたり(ドラキュラと違って伯爵は独居なので、全部ひとりでやらなければならない!)、陰影を活用した演出を施すなど、モノクロ、サイレントと言う前提で、画力がすべてという初期映画人の凄味たるや、である。