酢

エンティティー/霊体の酢のレビュー・感想・評価

エンティティー/霊体(1982年製作の映画)
3.5
マーティン・スコセッシおすすめ作品なだけあって、なかなか一筋縄でいかないスタイルで作られていて面白い。ただし「純然たるホラー」を期待すると少し肩透かしかも。

今作の見せ場の一つは間違いなく「目に見えない幽霊にレイプされる」光景のユニークな描き方。幽霊登場のたびに「ズンズン♬」と鳴り響く単調な重低音BGM。ピストン運動をイメージしてるのかな。あとは幽霊におっぱいを揉まれるシーン。どうやって撮ってるのだ?と考えるのも楽しい。その他も光学合成のエフェクトや大掛かりな幽霊冷凍作戦と、ケレン味溢れるシーンの数々は見応えあり。

その一方で「女性映画」としての面白さについても、声を大にして書いておきたい。主人公の「カーラ・モラン」はシングルマザー。経済的自立を志向しながらそうは生きれてこなかった過去を持っていて、現在も男性関係に問題を抱えながら理想の生活に辿り着こうと日々もがいている。そんな彼女が直面する「幽霊」という困難を結局のところ誰も解決することができないシビアさは、現代社会で貧しいシングルマザーが置かれる立場の厳しさを反映しているように感じた。精神科医が提示する物語も、超心理学者たちの協力も、家族や友人との絆も、交際中の男性の勇敢さも、超常的な現象の前では無力に過ぎない。救いがないと思いつつ、これはとても正しいことを描いているとも思う。あなたが本当の窮地に陥ったとしても究極的には誰もあなたのことを助けてはくれないのだ、と。だからこの映画は終盤に進むにつれて「ではどう生きればいいのか?」という問いを帯びてくる。それが面白い。

幽霊捕獲のためにセットで再現された自宅の中でおこなわれる最終決戦。絶対絶滅に追い込まれた主人公は『お前は私の心に触れられない。私の心は私のものだ』と虚空に向かって吐き捨てる。その事で、事態は魔法のように急速に収拾する。このシーケンスに思わず胸を打たれた。映画の虚構性を暴露しつつ、あくまでも商業映画の枠組みに足を残しながら「ではどう生きればいいのか?」という普遍的な問いへの回答が試みられているように感じたからだ。
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