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10番街の殺人の一人旅のレビュー・感想・評価

10番街の殺人(1971年製作の映画)
5.0
TSUTAYA発掘良品よりレンタル。
リチャード・フライシャー監督作。

古びたアパートで妻と穏やかな暮らしをしながら、裏で女性を次々と殺害していく初老の男・クリスティーの狂気を描いたサスペンス。
実話を元にした作品。
生々しい描写にゾッとする。物静かで理知的なクリスティーだが、内に秘めた性的欲望は常軌を逸していて変態そのもの。階上に引っ越してきた若夫婦の美しい妻に目をつける。無防備に露わになった若妻の白い柔肌の両脚をちらりと見るクリスティーの目つきは心底不気味で気持ち悪い。何かと理由をつけて若妻と接触を図り、狭い部屋に二人きりになれる状況を作り出すのだ。
淡々として落ち着きのある口調から一変、邪悪で暴力的な本性を露わにし、獲物となった女性たちを決められた手順通りに殺していく。殺された女性の身体の上に覆いかぶさり、綺麗な顔を舌で舐め回して暴行に及ぶという無慈悲な恐ろしさ。その所業はまさに鬼畜そのものだ。そんな異常行為を、一見すると穏やかな(&ハゲ散らかした)英国紳士がおこなうというギャップもまた印象的である。
そして、クリスティーの狂気とともに描かれるのは、法の不完全性。
クリスティーは真顔で嘘をつくが、嘘をつく能力が普通の人より卓越している。長年連れ添ったクリスティーの妻でさえ彼の虚言に騙され、本性に全く気付かない。クリスティーの鍛え上げられた虚言能力は、嘘を真実にしてしまう。頭の弱い男は中途半端な嘘をつくことしかできず、やがて社会的にもクリスティーの嘘の力に呑み込まれていくのだ。嘘も鍛えれば身を守るための盾になり、相手を陥れるための強力な武器になる。そうした意味では、デヴィッド・フィンチャー監督の『ゴーン・ガール』に似たテーマ性がある。
真実と嘘を巧みに使い分ける賢さと、女性を力づくで蹂躙する卑劣な本能。双方を備えた一人の男の狂気に満ちた日常とその末路をつぶさに見つめた作品だ。
そして、主人公クリスティーを演じたリチャード・アッテンボローの演技が素晴らしい。今までは『ガンジー』や『遠い夜明け』といった傑作ドラマを撮った名監督というイメージが強かったが、本作を観て俳優としての魅力を初めて分かった。無表情で感情を極端に排除した独特のセリフ回しが、内に秘めた底知れぬ狂気と欲望を尚更強く感じさせるのだ。
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