櫻イミト

10番街の殺人の櫻イミトのレビュー・感想・評価

10番街の殺人(1971年製作の映画)
3.5
「夢去りぬ」(1955)「絞殺魔」(1968)と並び称されるフライシャー監督三大実話犯罪映画の1本。ロンドンで起きた女性連続殺人“エヴァンス事件”を、実際に犯罪が行われたアパートでロケ撮影して映画化。

1949年ロンドン。アパートの管理人クリスティ(リチャード・アッテンボロー)は、医師と偽って女性に声をかけ部屋に連れ込んでは殺していた。ある日、上階に住む貧しいエヴァンス夫婦=ティモシー(ジョン・ハート)とベリル(ジュディ・ギーソン)が妊娠をめぐって喧嘩している事を知り無料での中絶手術を持ちかける。。。

これまで観て来たフライシャ一監督作の中で最も陰鬱だったが観応えもあった。ロンドン下層街の暗い雰囲気も滲み出ていた。

本作の柱は二本。殺人鬼の恐怖と冤罪の恐怖。あれだけ杜撰な連続殺人がずっと見つからず、さらに殺害現場の当事者なのに疑われずに終わったのは、犯人が利口だったのではなく当時のロンドンを覆う世情の闇が大きく手伝ったのではないか。本作はその闇を表わそうとしているように思えた。

役者陣がみなハマっていた。殺人鬼を演じたリチャード・アッテンボローは俳優と監督の二刀流で「ガンジー」(1982)ではアカデミー作品賞と監督賞を受賞。本作では大人しい外面の内に劣等感と狂気が詰まった非道な犯人をリアルに再現していた。妻子殺しの冤罪に陥れられる夫を演じたジョン・ハートはエレファントマン本人などを演じた個人的に好きな俳優。本作のカギとなる難しい役どころに説得力を持たせるのは見事。そして妻を演じたジュディ・ギーソンは先日観たばかりの「若妻・恐怖の体験学習」(1972)でも悲惨な目にあう若妻を好演していて、本作でも幸薄そうな等身大の存在感を発揮していた。

描かれた冤罪事件はイギリスの死刑制度廃止の発端となり、20年後の1969年に死刑は廃止となった。本作が制作されたのは翌1970年。禍々しいからこそ今後への警鐘としての力は大きいと言える。
櫻イミト

櫻イミト