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乳母車のodyssのレビュー・感想・評価

乳母車(1956年製作の映画)
2.5
【たぶん原作に問題が】

BS録画にて。

「三丁目の夕日」などで昭和30年代がブームになって久しいのですが、昭和30年代を知るにはやはり昭和30年代に作られた映画を見るにしくはありません。この「乳母車」なんかも、その意味では貴重な映画といえるでしょう。

といっても、主人公ゆみ子(芦川いづみ)は大会社重役の令嬢という設定ですから、鎌倉駅から歩いて行けるところにある自宅は広くてデラックス、お手伝いさんも複数います。

父(宇野重吉)はレンガ造りの暖炉のある広い書斎に、豪勢なオーディオ装置を備えてクラシック音楽を聴いています。冒頭近く、父が新しいレコードを買って自宅に戻ってくるシーンがありますが、昭和31年当時、LPレコードは相当に高価だったはずで、会社重役ならではの趣味と言えるでしょう。

ゆみ子自身の部屋にも応接セットやアップライト・ピアノが置かれていて、いかにも金持ちのお嬢さんという感じです。ゆみ子の母も、後述する事情から家を出て鎌倉駅から電車に乗るとき、2等車(今のグリーン車)に乗っていますから、まあそういう家庭なんですね。

これに対して、父の囲う愛人の住む家(たぶん借家でしょう)は東急・大井町線の九品仏駅の近く。ゆみ子が初めて父の愛人(新珠三千代)を訪ねていくシーンでは、大井町線の電車はわずか2両編成。駅のすぐ近くは舗装されていますが愛人宅の付近は未舗装。季節は夏ですが路上で氷を切っている職人の姿が見えます。当時はまだ電気冷蔵庫が普及しておらず、氷は氷屋さんに運んでもらって購入するものだったのですね。

また、ゆみ子の自宅には電話がありますが、愛人宅にはなく、彼女は必要な場合は公衆電話からかけています。他方、愛人宅にもお手伝いさんが一人いる。この手の人件費が安かった当時、お手伝いさんはふつうの家庭にもいたわけです。さらに、ゆみ子の父が愛人宅を訪ねてきたとき、駅前広場の路上で売っている灯篭(?)を買ってやるシーンがありますが、その値段が100円。今なら2千円くらいでしょうか。こういうところに、昭和30年代初期の匂いが濃厚に漂っています。

作品の筋書きは、父に愛人がいると知ったヒロインが愛人の弟(石原裕次郎)と一緒に問題の解決に努めるというお話です。フィクションとしては面白いのですが、私にはどうも、石坂洋次郎にありがちなきれいごとの青春小説的な雰囲気が気になりました。現実には愛人を抱えている中年男やその妻、愛人自身の関係はこうもきれいごとでは済まないだろうし、もっとドロドロした部分、或いは打算を秘めているだろうと思われたのです。

登場人物のセリフも観念的で、どこか絵空事的な匂いがします。むろん映画が絵空事であって悪いわけはないし、それなりに楽しめる作品であることは間違いないのですけれど、絵空事なりの真実味や迫真性といったものが私には感じられませんでした。出来のいい学芸会、と言ったら酷でしょうか。

映像面は、技巧が浮かない程度に斬新で、なかなかよく出来ていると思います。
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