月うさぎ

借りぐらしのアリエッティの月うさぎのレビュー・感想・評価

借りぐらしのアリエッティ(2010年製作の映画)
4.0
絵心のある人なら、きっといろいろな点で気に入るんじゃないかな?
ディテールも丁寧に書き込まれていて、動きも面白い。それと音楽がすばらしい。
ケルティック音楽の演奏者 セシル・コルベルのオリジナルソング。フランス人ですがきれいな日本語で歌っています。
音楽と映像のマッチングも評価ポイントです。

≪小人の世界観≫を感じるためには映画のスクリーンで観た方が絶対にいいです。
むしろ、そのために映画化したんだと思うんですよね。この世界を人間でない存在から眺めるという試み。自分が小人になったような視野。

アリエッティが初めて"borrowing" をするために外に出る時の高揚感。
春の光や風を感じて幸せを体いっぱいで受け止めるその姿は愛らしく新鮮です。
想像力たっぷりに描かれる小人たち(The Borrowers)の楽しい暮らしぶりに笑えます。
自然の色彩にあふれ、音にあふれています。
ああそうだ、もしも雷が死ぬほど嫌いな人は心の耳栓をどうぞ。(^ー^)

児童小説『The Borrowers』のアニメ化なのですが、しかし、子供には向きません。
映画館で「眠~い」と言っている子供がいた!
いままでのジブリとは違うとも思いました。
ギャグで笑わそうとするシーンはないし、主要人物以外のキャッチーなキャラクターを制作してウケを狙うこともしない。
ジャパンアニメではない。アニメーション作品です。
「ハウルの動く城」が最高だと思っている人には特にお勧めできません。

テーマがわからないという人もいるようですが、不思議です。
まずこの物語で示されているのは、個人の成長とか自己実現というパーソナルなものではなく「命を生きる」ということそのものです。
異なる文化、マイノリティ、自然界と人間界、病魔、弱肉強食すべてひっくるめて
それでも生きていくという姿を描きます。
このテーマを単純明快に描くことなどできはしないですよね?

深いものを含む話だからこそ、小人の世界のワクワク感は貴重で大切なテイストになるのです。

少年「翔」君は「心臓病」でまもなく手術の予定です。
彼も病気により両親とも離れ外界と隔離された日常を送っており、アリエッティもまた小人族の仲間と離れて孤立して生きていました。
孤独な子供達の出会いがまず最初のテーマです。

翔はこのあとどうなるでしょうか?
少なくとも彼は死を想定しています。
人間である自分は死に向かい、滅びの道を辿ると思われた小人族は生き延びるだろう。
その象徴が翔とアリエッティ。そしてスピアーズとの対比。
野生児の彼の生命力溢れる逞しさを強調する意味もあったのでしょう。新しい生活への旅立ちに誘うのが原住民みたいなスピアーズでした。

悲しいですが、翔が健康になってアリエッティと再開することはないでしょう。
滅びというのもこの作品のテーマのひとつになっていると思います。
ドキドキ・ハラハラ大冒険。みたいなお子様映画では結果的になかった訳ですね。

「THE有頂天ホテル」などを手がけた舞台美術監督 種田陽平さんが床下の世界を表現した「アリエッティの世界展」という体験型の企画展がありました。それもすごく面白かったです。
子供にはむしろ美術展のほうがわかりやすかったかもしれません。


映画で感じたいくつかの疑問点を確認したかったので英語版の原書『The Borrowers』を読みました。
(より正確なニュアンスを確かめたくて、原書にトライ)
まず「借り暮らし」というタイトルは原題に忠実でよい日本語訳だと思います。
日本語版では「床下の小人たち」です。

日本人の「共生」という考え方と、西洋人の「異質なものとの相対」という
根本的な違いが出ていると感じました。
「アリエッティ」は、日本的な思想と原作とのちょうど中間を取ったのかもしれないです。

【映画と原作について】
小説の中で「the Boy」は幼く純粋で乱暴です。人間の少年と小人の少女の交流はほのかな恋愛感情を含んだものではありません。
アリエッティに本の読み聞かせをおねだりしたり、小人の少女のほうがお姉さん的役割でした。

少年は「仲間はもう死んでいるよ。君は最も若い(生き残りの)Borrowersだよ」なんて言っちゃって、彼女の怒りをかっています。

映画の中で少年が唐突に口にしたように思えた、思いやりの無いセリフは、なるほど原作を踏襲したものだったのでした。

Borrowers(小人たち)が「immigrate」する時に、カラスやさまざまな外敵が危険じゃないか、と心配する少年に
「少なくともBorrowersには戦争は無いわ」と応えるなど、時代的に第2次世界大戦が色濃く反映されており、決して牧歌的なお話ではありません。

the Boy と禁じられていた接触と会話をしてしまったのも、勇気からではなく、床下の暗くぼんやりとした世界で、たった一人きりで育った子供の「開放された喜び」を感じ取れます。

家政婦のMrs.DRIVER(映画ではハルさん)の存在は、物語の緊張を高めています。
小人は人間にとっては生活の害になるネズミかゴキブリと同等の存在でしか無いのです。
ネズミ捕りの風体の悪い男に煙であぶりだされそうになるわ、少年は軟禁状態にされるわ、とにかくダークな女性です。
子供の童話になぜここまで「悪的」な存在が?
映画のハルさんのような愛嬌はどこにもありません。ハルさんが捕獲しようと考えたのは、好奇心とお宝的発想からです。

コロポックルのような小人と共生したがるのはどうやら日本人だけなのかもしれません。
この映画はなんで日本が舞台なのかなと思いましたが、なんとなく納得。

「共生」という理想に「もののけ姫」とは別の解答を得たような、そんな気がしました。
小人のいる世界を描いていますが、決してファンタジーにはなっていない。
とても現実的でナイーヴで美しい作品に仕上がっていると思います。


原作はシリーズ物で、全部で5タイトルあるそうで、映画では、2作目、3作目のストーリーも取り入れているそうです。
原作本をもしも1話のみで読むのをやめた場合、話のオチにかなりガッカリします!!!ご注意ください。


ストーリーに違和感があると感じた人。それは原作のせいです。あしからず。
そして、ジブリ映画の絵柄で、ジブリ映画ではない映画を作ったようです。
で、私は最近のジブリ映画よりもこっちの方が好きです。
これは、全く子供向きの映画ではないので、細部にも目が行き届く、哲学的文学的思考ができる大人に観てほしいなあ。
現代の人間の生き方が本当に幸せなのか、過去よりも進化しているのか。
そういう自省を込めて、いろいろなことを感じることでしょう。

【おまけ】
お手伝いさんのハルさんの声を樹木希林さんがあてていますが、どう考えても、彼女を想定してキャラクターを動かしているとしか思えない!!
表情とか動きとかまでも、もう、本人に見えてしょうがなかった~。
月うさぎ

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