くりふ

ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日のくりふのレビュー・感想・評価

4.5
【くいしん坊!万才】

面白い!映像は幻惑的でも観念に酔うのでなく実践的ですね。心の崩壊を物語の力で食い止めるわけだから。

つまり私は、語られる第二の物語が基で、それが第一の物語を生んだ、と捉えました。それなら納得で、そうでないと面白くない。

原作も読了済でしたが、より好みなのは映画。饒舌な部分を絞り、端的に巧く脚色したなと感心しました。

まず海の幻惑美に酔いますが、これはワケありの美しさなんですね。一粒で二度美味しいというか苦しいと言うか、物語が終わってみると、第二の物語が残酷であるほどに、第一の物語がそれを上書きするため、あれだけ美しくなければならなかった必然性が、際立ってくるんです。

過酷な漂流体験は、様々な読み取り方があってよいと思いますが、パイにとって、通過儀礼としての意味がまず大きいと感じました。連想させる作品は幾つかありましたが、『WALKABOUT 美しき冒険旅行』のアボリジニ少年などをふと、思い出したり。

パイが動物園の息子であったことは示唆的だと思います。命が守られる野生(笑)、の中で生きる動物を見て育った彼。そのぬるま湯を案じた父が、弱肉強食の一端を教えていましたが、父の消えた海は、その教えの先が厳格に広がっているんですね。

弱肉強食で無慈悲にまわる、食物連鎖の環の中に自分がいること。広大な海の上なのに、動物園より狭いボートの檻で、突然それを知る。そしてパイは、生きるためのある極限行為でモラルと格闘し、さらに、親から継ぎ一番影響ある筈の、ヒンズーの禁忌から苦しむことになる。

これは、海で独りぼっちの10代少年にとって、耐え難かったでしょう。絶望からの死もあり得たと思いますが、彼をギリギリで救ったのが「物語」であった、というのが私の捉え方です。

本作の監修、76日間の漂流経験者スティーヴン・キャラハンが著作にて、漂流時の無為の時間は、ある行為が救いだったと書いていました。パイも同じだったと思います。

彼の場合、肉体維持の問題のみならず、心の内から危険が迫ったことが、この「物語」の起点だと思います。私は本作の骨組みをそんなふうに捉えましたが、そうなると1本、背骨が通っていてわかり易いですね。その上で、色々な切り口が見えるので、反芻して楽しめそうです。

色々気付きを書きたいですが、ここでは難しいので抑えときます。少しだけ書くと、事前に登場する横たわるヴィシュヌ像と対比され、そう連想してしまう「島」については、社会復帰のリハビリの場であり、今後、パイがどう神とつき合うかの踏み絵になっていると思いました。

あそこでまずパイは、菜食に戻るんですよね。そして群れる獣たちは、「昼は与え、夜に奪う」ことに矛盾を感じない盲信者なのだと思います。

そして諸々経た上で、ある獣に別れを言えず悲しい、という本音は、別れたいのにできない=獣は永遠に残る、ということだと思いました。これも第二の物語を受けての発想です。

その他、気が向いたらネタバレレスにクドクド書いてみようかと思います。

<2013.4.9記>
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