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レッド・ライトのmocmoのネタバレレビュー・内容・結末

レッド・ライト(2012年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

 いかにもインチキ自称霊能力者vs物理学者の対決というストーリーに見えるのはある種のミスリードではないかと思う。物語の柱の一つではあるけれど、主題は別のところにあると私は思う。
 この映画、正直一度きりの視聴ではなぜこんなオチにしてしまったのかよく分からないし、つまらなく感じるかもしれない。オチというのは、本物の超能力者だったのはシルバーではなくバックリーの方だったというもの。「物理学者がイカサマ超能力者のトリックを見破るサスペンス劇」を期待していると、そんなのずるいじゃんと感じてしまう。

 思うに、この物語のゴールはシルバーのイカサマを暴くことそのものではなく、マシスンの苦しみを終わらせることである。

 マシスンは優秀な物理学者であるが故に、超常現象と言われるモノのからくりをほとんど全て見抜いてしまう。かつては神を信じていたという彼女も、偽物を看破する回数が増えるほどに本物の存在を信じられなくなっていったのではなかろうか。
 その結果、マシスンは死後に「何か」があることも信じることができなくなった。例えばキリスト教で言えば最後の審判において善人は永遠の命を得ることができるという教え。仏教で言えば輪廻転生など。肉体の滅びの後も命に続きがあると信じることができていれば、心穏やかに息子の生命維持装置を切って送り出してやることができたはずだが、彼女の信仰心は研究の末に枯れ果てていた。
 マシスンは目覚める見込みのない息子を待ち続けることに疲れている。しかし息子を愛しているから死なせたくもない。彼女は、そこにつけこんだシルバーの「金髪の少年」の話を一瞬でも信じそうになった自分が許せないという。つまり、息子を待つ苦しみから開放されたいがために、ペテンを受け入れ息子を殺すことを是としようとしたことを悔いているのだろう。
 マシスンは死ぬまでシルバーのイカサマを証明することはできなかったわけで、この時点でシルバーをペテン師だと信じていたのはこの世に超能力者など存在しないと決めつけてしまったマシスンの思い込みに近かったのかもしれない。事実シルバーはペテン師だったが、バックリーという本物の超能力者が存在していたのでマシスンの決めつけは根本的には誤りである。
 マシスンは生きているうちにこの思い込みを正してくれる存在に出会えなかったために、非科学的な話を信じてしまった己を死ぬまで責め続けていた。だからバックリーはもっと早く自分が本物の超能力者だと正直になっていれば、マシスンを慰めてあげられたのに、自分にはそれができたはずなのにしなかったと後悔し憤ったのだと思う。できなかったのはマシスンに己を嘘つき呼ばわりされ否定されるのが怖かったからだろうか。
 バックリーは自分が他人と違うと気づいていて、自分と似たような本物に出会うためにマシスンと行動を共にしていたのだとラストで明かされる。一方、マシスンも本当は死後も続く「何か」を信じて息子を送り出してやるために超常現象の噂を聞きつけてあちこち飛び回っていたのかもしれない。マシスンはほとんど諦めながらも本物への期待を捨てきれないからこそ、バックリーの熱意に動かされて調査を続けられたのかもしれない……。
 バックリーは物理学者としてマシスンの助手という立場であったけれど、彼はシルバーの仕掛けを論理的に見破ることは諦めてしまった。(そして、超能力を使ってシルバーのイカサマを明らかにした。)物理学者としてマシスンの後継者であったのは、バックリーではなくサリーたち学生の方なのだろう。
 いずれにせよシルバーがペテン師だと明らかになったことで、マシスンがサイモン・シルバー個人を疑ったこと自体は正しかったと証明され、バックリーが己を偽らなくなったことで霊の話を信じたマシスンの心も肯定された。マシスンの長きに渡る闘争と苦悩はついに報われ、その報いの象徴が息子の生命維持装置を止めたことで点灯する赤いライトなのだと思う。

 物理学者とインチキ霊能力者のバトルを期待させておいて微妙に違うところに着地するのが、期待外れでがっかりする気持ちはわかるのだが、もしかしてそれこそ制作陣の思う壺なのではないだろうか? 我々は"間違ったところを見ていた"のではないか? ……と考えるとしみじみ良い作品だと思えてくる。
 似たようなジャンルの作品として『TRICK』をあげる人が多いけれど、宗教的な救いがポイントになっていることを踏まえると『バチカン奇跡調査官』のほうが近いような気もする。
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