そーた

偽りなき者のそーたのレビュー・感想・評価

偽りなき者(2012年製作の映画)
4.0
ラストシーンの解釈

映画から衝撃を受けることってそうそうあるもんじゃないです。

いやいや、まさにこの映画、衝撃的でした。

知人の子供がついた些細な嘘のせいで村八分状態になってしまった主人公の悲劇。

デンマークの至宝、マッツ・ミケルセンがその主人公を熱演してます。

正直、見るのが辛くなるくらい散々な目にあいます。

でも、皆にハブられ、ズタボロになってもその圧倒的な渋さは健在なのでご安心を。

むしろ、渋くてハンサムだからこそ衝撃度が増している。

この役を温水さんがやったら成り立たないわけです。

なので、そういう配役の効果と、それから何よりも北欧の寒々とした空気感が緊張感を極限にまで高めている。

その張りつめた絶望的な状況のなかで主人公は人間の尊厳を守ろうとします。

僕は社会で生きることの本当の恐さを感じてしまいました。

どんな理由であれ、一度でも汚名を被ってしまうと、社会から全力で排除を受ける。

誰にでもその可能性があります。

ココシリという映画のレビューで自然の人間に対する不関与について書きました。

人間の行為に全く自然は興味が無いというわけです。

だから、僕たち人間は社会の中でどうにかして生きていくしかないんです。

自然は助けてくれませんから。

しかし、社会も手放しで生きやすいとは言い難いわけですよ。

異物はすぐに排除の対象になっちゃう。
真面目に生きていてもこの映画のようになってしまう。

だからこそ最後にすがることができるのが人間の尊厳なんだと思うんです。

人間自身のあり方に拠り所を求めないといけない。

自然や社会が決して拠り所にはならないんですね。

それを主人公が全力で体現してくれているわけです。

だから、衝撃のラストシーンを見て何を感じるか。
 
僕は主人公の表情から決意を感じたんです。

解釈は割れるでしょう。

でも、そう思わなければ社会に押し潰されてしまいそうで。

僕が楽観的なことはある意味救いなんだな。
そんな風に感じる今日この頃です。
そーた

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