ダニエル・デイ=ルイスの作品にはこれまで深く触れてこなかったが、今作『リンカーン』を観て、彼がアカデミー賞主演男優賞を史上最多タイで受賞している理由がほんの数秒で理解できた。
言葉数は決して多くない。それでも――目線、間の取り方、そして言葉に宿る重みによって、アメリカ史上屈指の大統領リンカーンそのものがそこに“存在していた”。
この演技だけでも、本作を観る価値はある。
また映画としても、史実に極めて忠実でありながら、映像は美しく、構成には無駄がない。
セリフの洪水ではなく、静けさの中に“時代の重み”が確かに息づいている。
政治劇でありながら、まるで詩のような品格を湛えている点も特筆すべきだろう。
一部に中弛みを感じる場面も確かにあった。だが、それを凌駕して余りあるほど、全体としての密度と深みが圧倒的だった。
この作品は、観る者にこう問いかけてくる――
「リーダーとは何か?」
「1票の重みとはどれほどか?」
「理想と現実の狭間で、信念を貫くとはどういうことか?」
綺麗事ではない。
泥臭さと妥協のない信念、その先に見える“理念の勝利”。
この作品はまさに、言葉で国を変えようとした男の魂を描いた静かな傑作だった。