Yoshishun

ヒッチコックのYoshishunのレビュー・感想・評価

ヒッチコック(2012年製作の映画)
4.2
“もうひとりのヒッチコック”

ヒッチコック最大のヒット作『サイコ』。サスペンス映画史上屈指の傑作の製作秘話を映画化したのが本作である。『サイコ』の舞台裏での出来事だけでなく、ヒッチコックという人物像や彼の妻である“もうひとりの”ヒッチコックとの関係をも描いている。

冒頭とラストの遊び心は、まさにヒッチコックの伝記映画ならでは。全米を震撼させ『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスのモデルとなったエド・ゲインの紹介から入るオープニングは、ヒッチコック劇場の再現である。『サイコ』におけるノーマンのモデルでもあるエドが劇中ヒッチコックの前に幻想として登場する。ノーマンが愛すべき母に心を囚われたように、ヒッチコックもかつて名女優に仕立て上げようとした女優、映画に身を捧げるブロンド美女女優に心を囚われていく。彼の手掛ける新作『サイコ』の舞台裏では、常に配給会社からの、名作『北北西に進路を取れ』の次回作へのプレッシャーがつきまとっていた。

ヒッチコックの妻アルマもまた、無謀な映画製作に身を投じていく夫に嫌気が差し、脚本家の友人に惹かれていく。ヒッチコック映画で脚光を浴びるのはいつだってアルフレッドであり、アルマは陰で支えながらも陰にしかなり得ない立場となっていった。彼女の孤独は映画界の名匠でさえも最初は気付けなかったことに、映画を愛したヒッチコックの最大の過ちだったのかもしれない。

作品内では、やはり『サイコ』の制作秘話エピソードが面白く描かれている。シャワーシーンは何度も撮り直したり、劇場初上映時のヒッチコック自ら劇場に依頼した上映方法は知っていたものの、初号試写では駄作の烙印を押された程に酷い作品だったのは初耳だった。かの有名なシャワーシーンでさえも、最初は女性の叫び声が響き渡るという何とも虚無な映像に仕上がっていたらしい。それが妻との共作により、再撮影と再編集の果に映画史に残る名作となった。何とも映画らしいサクセスストーリーだろう。監督の思惑通り阿鼻叫喚な館内と指揮者のような素振りを見せるヒッチコックの姿は本作のハイライトといえる。

そして、例のラストシーン。『サイコ』が自身の最大のヒット作だったにも関わらず、次作もそれに次ぐヒット作を作り上げた。映画の神様も常にアイデアを探し求め、彼の肩に降り立ったあれ。ヒッチコック劇場で始まり、ヒッチコック劇場で締めくくる粋なラストシーンだったと思う。

願わくば『サイコ』のオマージュをもっと盛り込んでくれても良かったように思う。鑑賞後印象に残っているオマージュはヒッチコック劇場部分であるのが少し惜しく思える。

『エド・ウッド』に続き、映画史に残る映画人たちの実話、名作の舞台裏を描いた作品はやはり面白い。来年公開予定のスピルバーグの伝記映画も早く観てみたい。
Yoshishun

Yoshishun