櫻イミト

裁判長の櫻イミトのレビュー・感想・評価

裁判長(1918年製作の映画)
4.5
100年以上前に作られたドライヤー監督のデビュー作(当時30歳)。脚本、美術も監督自身が手掛けている。

裁判長になった男が、生き別れた実の娘に死罪を宣告しなければならなくなり葛藤する物語。社会的責任を取るか、人間としての情を取るか、二者択一の期限に向けて追い込まれていく裁判長。葛藤の背景には、かつて社会的名誉から娘の母親を捨てたという後悔も重なって。。。

構成も映像も完成されていて驚くほど素晴らしかった。当時のモノクロ着色フィルムについて、これまで良いと思ったことは無かったのだが、本作は撮影の時点から着色フィルムの特性が考えられていて感心した。中でも闇に動めく松明を赤いフィルムで表現した幻想性は、裁判長の内面をも描写していて感動した。

途中に登場する子犬や猫の姿は、社会的な見栄や法に縛られる人間との対比とも思わされる。その表現の豊かさに感嘆するばかり。本当に天才的な監督だったのだと思い知らされるデビュー作。

※本作の成り立ちにはドライヤー監督が18歳の時に知った、生き別れた母の秘密が影を落としている。母親はドライヤーを私生児として身ごもり、彼女の父親から国外で出産することを強制された。出産後ドライヤーは乳児院に預けられ母親は地元に帰ったが、別の男性との間に再び身ごもった。しかし結婚を拒否され、孤独に民間療法の硫黄摂取による中絶を試みるものの、貧困の中で中毒死した・・・ドライヤー監督の作品に通底するテーマ”男性社会の欺瞞、抑圧、不寛容”は、このデビュー作でハッキリと示されている。
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