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ハーヴェイ・ミルクのくりふのレビュー・感想・評価

ハーヴェイ・ミルク(1984年製作の映画)
3.5
【ふたつの恐怖】

カムアウトしたゲイとして、アメリカでは初めて市政議員に選ばれたハーヴェイ・ミルクの生涯を、主に政治活動を中心に追ったドキュメンタリー。

見応えということだと、もっと様々な角度からの情報が欲しい、とは思いました。インタビューはミルク陣営の人物のみ。アンチ・ゲイの人は出てきません。マイケル・ムーアだったら騙してでも証言取ってきそうですが(笑)、1984年、彼の死から6年後の当時では、まだこれが限界だったのでしょうか。ゲイの教員排除を唱えた、アニタ・ブライアントの話など聞きたかったですが。

しかし、ミルクという人の明るい魅力や、しなやかなカリスマ性が響いて来ます。「ゲイとして」というかしこまった視点からは語り始めないところがよいです。たまたまそうだったから、差別が身に沁みていたし、ゲイのために活動するが、政治家として目指したのは差別そのものの撤廃であった、ということでしょう。だからこそ、地域の労働者からの支持も、広く受けられたわけで。

とはいえ、ゲイ差別を薄めることが、いかに大変であったかも思い知らされます。とある厄介な議案「提案6号」制定に向け、沸き起った対立について、「価値観の衝突というより、ふたつの恐怖」だった…と語られてゆくのが印象的。本作の肝の部分かと思いました。問題点がわかり易く伝わり、頷いてしまった。

そして「提案6号」問題に決着がついても、ふたつの恐怖は消える訳ではなく、市庁舎の中、議会の場へと引き継がれてしまうんですね。絶妙な表現で紹介される、ミルクと、ある議員とが対立する構図は、まるでハリウッド映画のように、輪郭がはっきりしています。恐ろしい位に。

『MILK』にはなかった、ある事件の裁判までが描かれますが、その結果には首を傾げます。陪審員にゲイも黒人も選ばれなかったそうですが。

文庫化もされた伝記を読むと、本作に出ない、唖然とする情報が並びますね。事実関係で驚いたのは、犯人がわざわざ持参した予備の弾丸は、殺傷力を高めたダムダム弾だったそうです。これ、明らかに殺意がこもっていると思うのですが。しかしこの判決って…。

「悲しいことに多くの人々はまだ、ゲイを殺すのは社会の為になると思っている」
「彼らに触れなかったら、私もそうだった」

ミルクと共闘した、ある異性愛者の語りに重みと、ささやかな「HOPE」を感じます。が、宗教に根ざした部分の問題は、時代が変わっても消えないのでしょうね。

<2010.1.21記>
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