くりふ

きっと、うまくいくのくりふのレビュー・感想・評価

きっと、うまくいく(2009年製作の映画)
4.5
【Surely, Aal Izz Well!】

「ボリウッド4」の看板作品らしく、大いにみ応えありました。

こんなトーンで笑って泣ける映画って今じゃ貴重な気がしますが、よくできたボリウッド映画って、ファンタジーとも言える誇張展開をしながらも、きちんと現実の苦味を底に敷いてあって二度美味しいんですよね。…と最近感じるようになり、本作でそれがさらに強化されました。

まず感心したのは、アーミル・カーン40代を、20代に見せてしまう役者マジック!肌ツヤのケアもさすがですが、ほっぺを少年ぽく見せたりと小ワザが効いてますね。ちょっと内股で歩く後ろ姿なんてのも巧いです。彼のことはごひいきになり、とりあえず昔の『ラガーン』を続けてみたけど、こちらもよかった!

アーミル演じるランチョーは破天荒な大学生ですが、ボリウッドらしいヒーローとして描かれていますね。しかし能天気に見えて「汚れた英雄」だったとわかる辺りが本作の味わい。その出自から大人の欺瞞を身に纏っていたからこそ、大学が抱える歪みを突けたのでしょうか。

学長とのバトルでランチョー名言は幾つも飛び出します。

「あなたでなくシステムが悪い」
「採点制ではなく分断されることが嫌なんだ」

の辺りが肝でしたが、これはグローバリゼーションの問題点とされるものをきちんと指摘しており感心しました。ランチョーの視線は、大学批判の先、社会の歪な仕組みに向いていたのだと思います。

そんなことを感じたのは、大学から消えた後のランチョーがどこで何を始めていたか?という真相描写にて彼のことを、ある潮流にさり気なく乗せているな、と気づけたからです。

少なくとも作者は、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジの「懐かしい未来」はきちんとおさえて脚本を作ったと思います。が、それをあからさまに言わないのがボリウッドの奥ゆかしさ(笑)。この件興味深かったので、少しネタバレレスで書いてみます。

本作の舞台となった90年代のインド工科大学では、経済自由化を受けたIT活況に波乗るべく、主にアメリカ向け輸出品としてのエンジニア輩出に全力傾注していたのでしょうね。学長は結果的にグローバリゼーションの尖兵になっている。

その手駒No.1が消音銃ことガリ勉チャトル。彼もidiotキャラだけど、彼の方法論は社会でちゃんと通用する。逆にランチョーは、渡米してインド系IT長者に名を連ねることもできるはずだが…という辺りに本作の懐ぐあいが見えますね。

本作を日本の高度成長期に準え、無責任シリーズに準える論調がありました(町山さん)。面白いと思うんですが、無茶ぶりは似ていても、自分を疑わない平均と、ランチョーとではだいぶ違いますね。前者のなんとかなるさ!は確信で、後者のうまくいく!は願いです。

お国違いは勿論だけど、これは時代の気分差だと思う。邦題に「きっと」を付けたのは翠眼です。いくらボリウッドが元気でも、これは「きっと」が限界なんですね。切ない(笑)。

…そういえば最近の『ニッポン無責任新世代』ってまるで話題にならなかった気がするな…どうでもいいけど。

シンボルソング「Aal Izz Well」は私も何度もつべしましたが(笑)、システム不全で泡ゾンビと化した学生たちを手動のぶっかけで心身とも洗い流す!という展開は、終盤の大事件への布石にもなっていますね(ぶっかけから吸い出しに変わりますな)。

しかしこの曲の段階では、気持ちよく盛り上がった後でドーン!と突き落とすところが本作絶妙のバランス感覚。

バスタオルの下にパンツ、てのは冷めましたが、ダンスシーンの女性もスカート下はスパッツですから、男女平等なのでしょう、インドでは珍しく(笑)。でも平等なら同じ舞台で女子版「Aal Izz Well」もみせてよ!カリーナーでなくディーピカーで!(笑)

…などなど、書き始めたら尽きなくなってきました…面白い作品だといつもそうなのですが。息切れしてきたので(笑)、このへんで終わりにいたします。

が、「汚れた英雄」ランチョーは大学において、硬直した心の破壊者にはなれても、悪しき仕組みの改革者に至れなかったことは忘れずにおきたいです。彼なき後のあの大学は、実際にはあまり変われないでしょう。ランチョーもそれはわかっていて、だからこそああいうことを、できることを外から始めたのだと思います。

…とはいえ、ランチョーがずるくていい加減な奴だったってことも、忘れちゃいけませんけどね(笑)。

<2013.7.15記>
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