SANKOU

もうひとりの息子のSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

もうひとりの息子(2012年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

物語はイスラエルの大都会テルアビブに住むフランス系ユダヤ人の家庭で、ある驚愕な事実が発覚することで幕をあける。
ヨセフが18歳になり兵役検査を受けたところ、血液型から彼は父アロン、母オリットの子供ではないことが分かる。
湾岸戦争の混乱により病院で別の赤ん坊と取り違えられてしまったのだ。
この映画の舞台が日本だったとしても、親も子供も事実を受け入れるのはとても難しいことだろう。
そして、この映画の舞台はより複雑な社会情勢にあるイスラエルで、取り違えられたのはイスラエル人とパレスチナ人という敵対する民族の赤ん坊だった。
背景を知らないと理解するのが難しい映画だが、父サイード、母ライラに育てられたもうひとりの息子ヤシンが暮らすのはイスラエルのパレスチナ自治区という隔離された場所だ。兄のビラルが自分たちの住む場所を奪ったとイスラエル人に対する憎しみの言葉を吐く場面があるが、彼らの住む場所には大きな壁が作られ、封鎖地区を出るためには軍隊に許可証を見せなければならない。
ヨセフが育ったテルアビブはどちらかというと高級なリゾート地に当たるのに対して、ヤシンの育った場所はとても貧しい。
ヤシンがヨセフと一緒にテルアビブのビーチでアイスクリームを売るシーンがあるが、ヤシンがそこで一日で稼いだお金の方が父サイードの収入よりも多いというのも印象的だ。
そしてヨセフたちが信仰するのはユダヤ教だが、アラブ人でもあるヤシンたちが信仰するのはイスラム教だ。
ユダヤ教を信仰出来るのはユダヤ人だけだという規律があるので、ずっと自分がユダヤ人だと思って育ってきたヨセフが、実はアラブ人だからユダヤ教の洗礼は受けられないと知った時のショックはかなり大きかった。
正しい家族のもとで暮らすことになれば、今までの価値観やアイデンティティががらりと変わってしまうのだ。
それはヤシンにとっても同じだ。ヤシンが実はユダヤ人だと分かった瞬間に、今までとても仲の良かった兄のビラルが、彼に対して憎しみの感情をぶつけるようになるのを見て、何故と思ってしまうが、当事者ではない外の人間には彼の心は決して理解できないのだろう。
真実は時に知らない方が人を幸せにする。しかし、知ってしまった後では、それはなかったことには出来ない。
ヨセフとアロン、オリット、そしてヤシン、サイード、ライラ、ビラルと、知らずにいれば平和で幸せな家族の生活が続いていたはずで、彼らはそれぞれにこれからどのように生きていけばいいのか悩み抜く。
やがて、敵対している民族同士ではあるが、同じイスラエルに住む人間として、彼らは共に歩み寄っていく。
封鎖地区を訪れたヨセフに何とかアラブ人としての自覚を持たせたいビラルだが、ヨセフの方から食事の席でアラブの歌を歌い、彼らの心を開かせていく。
真実を知らなければ、争いは起こらなかったかもしれない。しかし、真実が明るみに出なければ、彼らは決して出会うことはなかっただろう。
とても重いテーマを持った作品ではあったが、決して暗い話ではなく、違う価値観を持ったもの同士が、少しずつ打ち解けていく姿を描いたおり、観終わった後に何か心に暖かいものが残る作品だった。
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