akrutm

赤い航路のakrutmのレビュー・感想・評価

赤い航路(1992年製作の映画)
4.6
車椅子のアメリカ人作家オスカーが、フランス人の妻ミミとの過激な性生活や相互支配関係の話を、イスタンブール行きのクルーズ船で出会った夫婦の男性ナイジェルに語るという形で物語が進行していく、ロマン・ポランスキー監督の官能映画。オスカーとミミの馴れ初めから現在までを描くオスカーの「語り」の場面と、オスカーの語りを聞くうちにミミに魅せられていくとともに微妙に変化していく妻フィオナとの関係を描く現在の場面が、交互に描かれていく。

この作品はポランスキー監督の代表作とは一般的に見なされていないが、個人的には、もっともっと評価されるべき傑作であると思う。彼の代表作のひとつと言っても過言ではない。人間の嗜虐的な性愛が、肉体的・身体的な性的興奮から倦怠期を経て支配-被支配による性的相互依存に昇華するまでを、見事に描いているからである。

多くのレビューでもそうであるように、前半で描かれる(個人的にはそれほど過激だとは思わない)倒錯した性行為に注目が集まっているが、それは本作の単なる一部でしかない。そもそも、本作の脚本はロマン・ポランスキー監督のオリジナルではなく、フランスの著名な著述家であるパスカル・ブリュックネールの同名小説が原作である。なので、ポランスキーの性的嗜好うんぬんではなくて、マルキ・ド・サドを始めとして『O嬢の物語』などを生み出したフランスならではの題材であると言える。

本作のどこが凄いかと言うと、倒錯的な行為そのものよりも、その後に起きる支配と従属の関係、そしてそのアクシデンタルな逆転、それらによって二人が分かちがたく結びつく(そして結婚に至る)という展開を、ある意味でリアリティを持って描いている点である。例えば、ミミに対するオスカーの仕打ちがなんとも言えず(飛行機に置き去りにするって、そんな酷い)、ミミを演じるエマニュエル・セニエの演技が素晴らしさもあって嫌悪感を覚えるが、同時に、互いが性的(というより精神的)な高揚を覚える様子が想像できてしまう。これは支配関係が逆転しても変わらない。

さらに言うと、クルーズ船の中でオスカーがナイジェルに過去を語ることは、妻から支配されている被支配側のオスカーが、妻を道具に使って新たな獲物を支配していく行為と考えられる。ナイジェルとフィオナがその対象に選ばれたのは、夫婦仲がうまくいっていない(映画の中でもそのことを匂わしている)からである。そう考えると、最後のほうの展開が理解できるであろう。

もうひとつ凄い点は、ミミ役のエマニュエル・セニエの演技である。最近のポランスキー作品ではおばちゃんとしか見えないが、当時26歳の若さだけあって魅力的であるとともに、出会いのときの純粋な感じから、支配と被支配の変化による落差が素晴らしい。特に、被支配期が良い。私が観た彼女の映画の中では、ベストパフォーマンスであろう。

一方、この映画でひとつ残念だったのは、エンディングである。いかにもハリウッド映画的な安直な結末はいただけなかった。小説ではこのような結末になっていないと思うだけに、ここは考えてほしかった。それから、ナイジェルを演じたヒュー・グラントの飄々とした演技がこの役にそぐわなかったのもマイナス点である。やっぱりヒュー・グラントの演技は、ラブコメがベストである。
akrutm

akrutm