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ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン/ブリュッセル1080、コルメス3番街のジャンヌ・ディエルマンのakrutmのレビュー・感想・評価

4.5
ブリュッセルのアパートで一人息子と暮らす未亡人の3日間の日常を、映画的な撮影技法をほぼ廃し、最小限の台詞のみで固定カメラから映し出す、シャンタル・アケルマン監督の最高傑作と言われているドラマ映画。2022年に更新された英国映画協会 BFI の The Greatest Films of All Time では、堂々の1位にランクされている。

とにかく映画のタイトルになっている主人公ジャンヌ・ディエルマン(ディールマンが正しい発音だと思うが)の一挙手一投足を淡々と映し出していくだけなので、全世界・全時代を代表するマスターピースであることを知らなければ、200分という長さにうんざりしてしまうかもしれない。確かに娯楽性は全く追求していないし、(特に70年代の当時としては)かなり実験的な作品である。主人公の背景も一切描かないので、どんな人物でどんな暮らしをしているかは、この3日間の日常から判断するしかない。個人的にも、凄い作品であることを知っていながらも(最近疲れていることもあって)前半(1日目)は何度か寝落ちてしまった。

それでも映像にぐっと惹きつけられてしまったのは、その描写の細かさ、リアルさのせいであろう。例えば、最初のほうに出てくる風呂場のシーンで、好きでもない男性と寝たあとにジャンヌがどこをどういう順番で洗うかという些細なことをひとつ取っても、とてもよく考えられていると思う。(でも個人的には、身体よりもまず風呂を洗うのが先のような気がする。)完全な固定撮影や台詞の少なさも、日常性や平凡さを上手く感じさせてくれる。最近見た作品の中では、タル・ベーラがかなり近い作風だろう。

とは言っても、ストーリーが全くないわけではなく、料理でも、買い物でも、カフェでも、ベビーシットでも、些細な出来事であるけれど、1日目、2日目と日を追うごとに上手くいかなくなっていくのである。そこに主人公の精神状態が暗示されていて、そうだからこそラストシーンにつながるのである。そういう部分に注目して本作を鑑賞すると、また新たな発見があるかもしれない。時間があれば、細部にこだわって、もう一度本作をじっくりと見てみたい。

なお、多くの批評家は本作をフェミニズム映画であると評しているが、そういう見方には反対である。もちろん、ジャンヌという人物像を考える描くにあたって、そういう視点が全くなかったわけではないだろう。でも個人的には、ゴダールの『気狂いピエロ』を見て映画を撮りたいと思ったシャンタル・アケルマン監督が、フェミニズムを高々と振りかざしてメッセージ性の強い作品を目指したと考えるよりも、(政治の時代の前の)ゴダールと同じように、純粋に映画の芸術性を追求したと考えるほうが自然であるように思う。

本映画のタイトルはブリュッセルの住所なので、Google mapで検索してみたところ、その住所はちゃんと実在する。ストリートビューでそこの風景を見ることもできる。映画の中でアパートを出入りするジャンヌのシーンが何度かあるが、入り口を正面から映していないので、今と昔でどう変わっているかは確認できなかった。でも映画で映っている遠景はストリートビューに写っている遠景と同じなので、(室内はセットだろうが)ちゃんとこの住所で撮影されたのは間違いない。
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