かたゆき

インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌のかたゆきのレビュー・感想・評価

3.5
1961年、ニューヨーク。
売れない若手歌手ばかりが集うカフェで夜な夜なフォークギター片手にステージで歌う男、その名もルーウィン・デイヴィス。
いずれ有名になることを夢見ていた彼だったが、コンビを組んでいた相棒を自殺でなくしてからは酒と女に溺れる鬱屈した日々を過ごしている。
そんなある日、彼はひょんなことから知り合いの大学教授の猫を預かることに。とはいえ彼はその日泊まる家すらままならないどん詰まりの毎日だ。
一日だけでも泊めてもらおうと友達夫婦の家に向かうルーウィン。だが、応対に出た奥さんは彼のことを見るとかんかんに怒りだしてしまうのだった。
「私、妊娠したみたいなの!きっとあなたの子よ!」――。
そう告げる彼女の言葉に心当たりのあるルーウィンは、ちゃんと中絶費用を払うと約束するのだが、どう捻出したらいいかすら分からない。
音楽活動も一向に芽が出ず、友達とも喧嘩ばかり、さらには預かっていた大切な猫さえ逃げ出してしまい……。
そんなどん底を這いずり回るような日々を過ごす彼の人生に、果たして光は差すのか?

いまや重鎮の風格さえ漂うコーエン兄弟の新作は、そんな愛すべき駄目男のどうしようもないトホホな日々を描いた佳品でありました。
彼らの相変わらず冴えに冴えわたった演出はもはや抜群の安定感。
女にも金にも酒にもだらしないどうしようもない駄目男の日常に、コーエン兄弟お得意のユーモアとペーソスが絶妙なバランス感覚で配合されていて観ていて大変微笑ましかったです(実際に知り合いにこんなヤツがいたら迷惑千万なんですけどね!笑)。
もうやることなすことことごとくが裏目裏目に出てどんどんと不幸になっていくのですが、そのほとんどがまぁこのルーウィン・デイヴィスというアホ男の自業自得なので全然同情しなくて済むという設定が秀逸。
特に、ジョン・グットマン演じる超胡散臭い男とのロードムービー的展開になるトコなんてあまりにも馬鹿馬鹿しすぎて何度も笑っちゃいました。
そんな徹底的に駄目な男なのに、それでも音楽に対する情熱と自殺した元相棒に対する友情だけは決して失わないところがなんとも魅力的。
僕は最後まで彼に好感を持って観ることが出来ました。

「君は確かに巧い。音楽に対する情熱も素晴らしい。ただ、君の音楽には心に響くものがまるでない」
劇場のオーナーにそうとどめの一言を言われてしまった彼の人生に、それでもこれから先ほんの少しでも光が灯ることを願ってやみません。
自分にとってはつらい毎日でも、客観的に見れば面白い人生なのかもしれない。
そう思わせてくれる佳品でありました。
かたゆき

かたゆき