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鑑定士と顔のない依頼人のKZKのネタバレレビュー・内容・結末

鑑定士と顔のない依頼人(2013年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

・途中からバッドエンドしか予想できず、胃が痛くなった作品。よく練られた脚本。是非、「詐欺を仕掛ける人達側」の視点を描いた映画も作ってほしい。
・おじさんを通り越してもうおじいさんに近いジェフリー・ラッシュ。なのに本当に渋くてかっこいい。

●ラストシーン
・ラストシーンは、「プラハのカフェにクレアが来るか来ないか、どちらにも解釈できるようになっている」という意見もあるようだが、時系列を考えるとクレアは来なかったのではないかと思う。
・時系列としては、次の流れだと推測する。
「絵画コレクションがなくなっているのを発見」→「絵の裏にビリーのサインを発見」→「車でヴィラへ行くも閉まっている」→「ヴィラの前のカフェで小人症の女性から真相を聞く」→「車のトランクに発信器を発見」→「電話するも返事なし」→「クレアに逢えることを期待して、プラハへ」
・そして、プラハのカフェでクレアを待ったが彼女は現れず、心を壊してイギリスへ戻ったもののショックで歩けなくなくなってしまいリハビリ施設に入っている。という状態だと推測する。
・施設の壁に「ニューロロジカルリハビリテーション」、「リハビリテーションテクノロジーのシンポジウム」といったポスターが貼ってあることや、面会ルームで暴れていたり独り言をつぶやいているような患者がいないこと、歩行補助具と車椅子を使っている患者が他にもいること等から、オールドマンが入っている施設は精神病患者向けの施設ではなくリハビリ専門の施設であることが想像できる。
・時系列の順番が逆で、「リハビリ施設に入り、治ったのでプラハに行った」という可能性もなくはないが、「歩行に障害が出た高齢者が、治療を短期間で終え、杖もつかず片手には大きな絵を持ってプラハへ行く」というのはあまりにリアリティがないと思われる。
・よって、「一縷の望みを持ってプラハに行き、カフェを見つけて彼女を待ったが現れず、絶望でメンタルを壊し、極度のストレス等が原因で足腰が立たなくなりイギリスのリハビリ施設で半ば廃人のようになって暮らしている」というのが、残酷だが一番現実的な解釈ではないかと思う。

●いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む
・絵画コレクションを盗まれ、部屋に残された人形が繰り返す言葉は、いろんな意味に捉えられる重要なセリフ。
・原文のセリフでは“There is always something authentic concealed in every forgery. I couldn't agree more. That's why I'll miss you, Mr. Oldman.”であり、字幕版だと「いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む。そのとおりだ。会えなくて寂しいよ。」となっている。
・これは、『ロバート青年にとって、オールドマンとは絵を盗むために戦略的に仲良くなった偽物の関係だったが、そこには本物の信頼・友情のようなものを感じた。だからこそ寂しくなる。』という意味にとれる。
・また、少しひねるとこのメッセージはクレアからのものであり、『クレアにとって、オールドマンはハニートラップにかけるだけの相手であり偽物の関係だったのに、本当に恋をしてしまった。だからこそ会えなくて寂しくなる』という風にも解釈できる。(この場合、ロバートはクレアからのメッセージを読み上げていることになるので少し無理があるが)
・どちらにしても物語の中で重要な意味をもつこのメッセージなのに、吹替版では次のように訳されてしまっている。
「いかなる偽物の中にも必ず本物が隠れている。見抜けなかったね。貴方は既に過去の遺物。」
これはあまりにひどい誤訳だと私は思う。。。

●手袋・電話・食器
・「手袋」、「電話」、「食器」の3点には、主人公が恋に落ちていく過程の変化が表現されている。
・まず手袋。彼は手袋によって外界と距離をおいている。オークションの時も食事中も終始手袋を嵌めているが、ビリーに落札させた絵画の少女の顔に触れる時に初めて手袋を外す。(手袋をせずに彼が触れるのは彼にとって大事なモノ、綺麗なモノだけ)
・彼の絵画コレクションが大量の手袋の「内側」にある隠し部屋で保管されていたのも、彼にとっての手袋が「大事なモノ」と「それ以外」を分けて守る「防護壁」として機能していたことの表れ。
・そんな「心理的防護壁」である手袋だが、クレアの姿を覗き見して逃げた直後に呼び戻された際、大汗をかいたオールドマンは手袋を脱ぎすてる。そして、「手袋」という心理的防具を外した彼は、絵画の少女にしたのと同じようにクレアの頬を素手で触れる。
・その後、「彼女のファスナーを上げるシーン」や「クレアとヴィラの2階で会食するシーン」といった彼女との距離が近づくシーンでは手袋を外すようになる。
・さらに、クレアがヴィラからいなくなり、必死で探しまわる中でオールドマンは手袋を脱いでケータイを操作する。そしてこれ以降、最後のシーンまで彼は一度も手袋を嵌めない。つまり、これまであった壁が取り払われたことが暗示されている。(「ハンカチ」も手袋と同じような役割をしているが割愛)

・次に「電話」。最初はオフィス・自宅・他人のケータイ、どの電話を使う際にもハンカチや専用の布のようなものをあてて、電話が直接自分の顔に触れないようにしていた。また、ケータイ嫌いでケータイは持っていなかった。
・ところが、クレアに惹かれていく中でケータイを持ち、自分のケータイで電話する時にはハンカチ等を使わなくなる。これも「心理的壁」がなくなっていくことの表れ。

・最後に「食器」。彼は自分が通うレストランに自分のイニシャルが入った自分専用の食器を用意していた。(これも外界との「心理的壁」といえる。)
・しかし、誕生日にクレアに花束を贈るもはねつけられたオールドマンは、レストランでワインを頼むが、突発的に入った店なので自分専用のグラスがない。自分専用ではないグラスにためらいつつも、彼はそのグラスでワインを飲む。まるで、精神的子供が大人になるためのイニシエーションのようにも見える。
・心理的壁がなくなった彼は、これまで2回、カフェでオーダーするも口をつけなかった紅茶に口をつける。(クレアと会う前の彼であれば、「自分のカップ」でなければ飲まなかっただろう)

●その他
・クレアがヴィラからいなくなってしまった際、オールドマンは「向かいのヴィラから女性が出て行ったか?」とカフェにいた人々に質問する。若い男が「今朝出て行ったのを見た」と答えるが、その後ろで小人症の女性がずっと「231、231、231…」と同じ数字を繰り返しつぶやいている。この「231」はクレアがヴィラから外に出て行った回数のことだった。つまり、小人症の女性の言葉にきちんと注意を払っていればオールドマンは絵画コレクションを失わずにすんでいた。
・オートマターが出来上がるにつれてオールドマンも人間らしくなっていく。オールドマン本人も人形を見て「不完全な自分」と重ねる発言をする。
・オートマターの謎。オートマターの作成途中では、右目が黒色、左目が青色だった。しかし、完成した際には左右の目の色が逆になり、右目が青で左目が黒になっていた。細部にこだわるジュゼッペ監督が左右逆にするミスをするとは思えないが、どのような意図があったのか不明。
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