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紙の月のtakのレビュー・感想・評価

紙の月(2014年製作の映画)
4.0
 角田光代の原作小説はこの映画よりも先に原田知世主演でドラマ化されていた。だが、僕はそれをほぼ見ていない。というか、配偶者はそれなりに真剣に見ていたのだが、僕はどうしても見られなかった。それは巨額横領事件へと転がり落ちる主人公の様子が、あまりに痛々しかったからだ。その"痛々しさ"はドラマを見ているこっち側にグサグサ突き刺さる。僕にはそう感じた。それは誰にでも起こりうる過ちから発展していく大事件。「そんなの自己責任じゃん。自業自得のお話だ。」と言われればそれまで。だけど学生から社会人になってウン十年経ち、生きていくために、生活を支えるために、家族や周りの人々とうまくやっていくために、自分自身が楽しむために、あれやこれやと金銭の都合を付けながら生きているはず。それは誰もがそうだ。「自業自得」とクールにこの物語を片付けられる人は、きっと金銭のことで悩んだ経験があまりない人かもしれない。その「紙の月」が吉田大八監督で映画化。もう観ない訳にはいかない。吉田監督の「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」も「桐島、部活やめるってよ」も秀作だった。特に「桐島~」には、僕らに高校時代の自分に向き合うことを強いる"痛み"があった。映画化された「紙の月」から感じた"痛々しさ"は、ちょっとだけ見たテレビドラマで感じたものとは似ているけれど大きく違うものだった。

 ダメだよ、そのお金に手を出したら。ダメだよ、そんな不正をやったら・・・と思いながら、僕らは主人公梨花の行動をハラハラしながら見つめている。いつしか僕らは彼女と秘密を共有しているかのようなドキドキした気持ちにさせられている。当たり前だけどお金がすべてを解決してくれる訳じゃない。若い大学生との恋は、結果的に彼を金銭で縛り付けるものになってしまい、彼にいい自分を見せようと"ええかっこしい"したことから転落が始めることになる。

 そんな彼女がした不正を暴くベテラン社員隅さん。隅さんを演じる小林聡美は名演だ。単に厳しい女性社員を演じて見せただけではない。クライマックス、会議室で梨花と対峙する彼女は、巨額の横領をした梨花にそれまでにない優しさを示す。この二人のやりとりは緊張感に満ちた名場面だ。会社の自分のポジションにしがみつきたくとも、会社の意向がそれを阻む。年齢の高い女性社員への不当な扱いに隅さんも苛立ちを募らせていく。かといって梨花のような暴挙に出ることはできない。実はお金や組織というものに囚われているのは、横領をした梨花よりも隅さんなのだ。そして、スクリーンに向かっている僕らもそう。ちょっとしか見なかったドラマで感じたお金で身を持ち崩す姿を見る"痛み"よりも、形こそ梨花と違ってもお金に囚われているのは僕らも同じなのだ。梨花は窓を叩き割り、銀行から逃亡する。隅さんに言う「一緒に来ますか?」のひと言。その言葉の響きはおかしくもあり、でもそれができない隅さんや観客の僕らに突き刺さるのだ。

 今年は舞台「海辺のカフカ」で、ステージの宮沢りえを観る幸運に恵まれた。年齢を重ねた今の彼女だから演じられる役柄。それは「紙の月」の梨花もそうだ。ちょっと疲れた感じ、大人だからできる魅力的な表情、はしゃいだ笑顔。間違いなく彼女のフィルモグラフィの代表作となるだろう。
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