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柘榴坂の仇討のodyssのレビュー・感想・評価

柘榴坂の仇討(2014年製作の映画)
2.0
【時代劇の終焉?】

BS録画にて。
その数年前のロードショウは、広末嫌いにつき、パス。

で、今回見てみて、パスは正解だったなと思いました。
思うに、時代劇映画そのものが作れなくなっているんじゃないかと。
もっとも、これは江戸末期から明治初期の、つまり時代が変わる頃の話ではありますけどね。
原作は読んでいないので、原作起因なのかどうかも分かりませんが。

まず、最初のあたりで、金吾(中井貴一)が、むかし妻セツ(広末涼子)が自分のところに嫁いできた時のことを回想するシーンがあります。
金吾が「末永くよろしく」と言って、セツが「はい」と答える。
ここで私はのけぞりました。
おいおい、今どきの話じゃないんだよ。
江戸時代なんだからね。
こういう場合は、嫁いできた新婦が「ふつつかものではございますが、よろしくお願い申し上げます」と言って、新郎が「うむ」とか何とか答えるのが常道でしょう。

それはともかくとしても、中井貴一って、こういう役に向いていないな。
どこか顔が弛緩するというか、居心地の悪そうな表情を浮かべるところが目立ち、現代劇の喜劇的な部分を含む役ならともかく、時代劇の、それも主役には全然足りていません。

逆に阿部寛は外見的にはいいんだけど、その性格づけや、事件のあとどういう風に考えてどう生きてきたのか、その辺が曖昧。クライマックスでなぜ現在「直」の字のつく名を名乗っているかを打ち明ける場面でも、だったらもう少しポジティブな生き方をしているはずじゃないの?と言いたくなる。

これは主役についても言えること。土壇場でああいう「悟り」を開いてもらっても、しらけます。

つまり、主役も敵役も、旧時代の道徳を貫いて生きるのか、旧時代の生き方は否定せずとも新時代のために何か積極的な仕事をしながら生きるのか、その辺が曖昧になっているのです。

それは要するに、作品の根本的なコンセプトがまずいからじゃないか、ということなんですよね。

ああ、それから、最初に書いたようなわけで女優がダメな映画だけれど、阿部寛と同じ長屋に住んでいる小さな女の子、可愛かった。彼女が幼いながら本作品のヒロインと認定(笑)!
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