垂直落下式サミング

柘榴坂の仇討の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

柘榴坂の仇討(2014年製作の映画)
3.4
彦根藩士の志村金吾は、大老井伊直弼の警護を任ぜられるが、桜田門外にて攘夷派の襲撃を受け大老暗殺を許すという失態を演じ、お上からは賊を討ち取り主君の仇討ちをせよとの命を下される。時は流れ、ついに刺客を見付け出した志村は本懐を遂げようとするのだが、時代は変わり仇討ちは禁止されてしまう…。
吉村昭の同名小説を原作とする佐藤純彌監督の『桜田門外ノ変』は、高血圧に高血圧が重なった結果、見事に熱苦しい映画に仕上がっていたが、浅田次郎原作の『柘榴坂の仇討ち』もまた映画の描こうとするものと題材とが上手く合致していたように思う。時代が変わろうとも、人の心の在り方は変えられない。
雪の降り積もるなかを進む大老を乗せたお駕籠の列が刺客に襲撃される場面は、作り物然としたセット撮影ながらも、白雪に滴る血鮮と駕籠から流れ出る濃い赤黒色には構図的な美しさがある。
しかし、お役目であるということ以前に、主人公は井伊大老に心底惚れているということなのだが、その理由が何とも弱い。金吾は井伊直弼の政治的な決断をそれほど支持しているわけではないし、風流の趣を解さない生真面目な武士として描かれているので、彼が詩的なことを言ったりする人物を無条件で気に入る理由として、多少なりとも義太夫や小唄に興味があるとか、才能はないけど優雅に演芸を嗜む人間に憧れを持っているとか、何かあるはずなのに心の輪郭がみえてこない。
確かに、中井貴一は毅然とした立ち振舞いをしていても、内面にちょっとした茶目っ気のようなものを感じさせる役者なので説得力はあるのだけれど、過去に縛られ多くを失いながらも主君の仇討ちを果たそうとするというのは、この物語の根幹を為す主人公の動機に当たる部分であるため、男が男に惚れる理由としてもう少しキャラクターの感情的な、あるいは物語上ロジカルな理由があってほしい。