Kumonohate

秋菊の物語のKumonohateのレビュー・感想・評価

秋菊の物語(1992年製作の映画)
4.6
夫の股間を蹴ってケガをさせたにも関わらず謝罪しようとしない村長。これではスジが通らないと妻の秋菊(コン・リー)は「郡」に訴え、村長には罰金が科せられる。だが、相変わらず謝罪の言葉は無い。秋菊は、さらに上位の「県」に訴えるが結果は同じ。それでも何とか謝罪させようと、さらに上位の「市」に訴える秋菊だったが⋯。

1997年、寧夏回族自治区電視台のディレクターが、自ら撮影したドキュメンタリーの素材を携えて来日、番組をNHKで放送すべくポスプロ作業をサポートした。黄土高原の名もなき窑洞(ヤオトン=崩れにくい黄土の崖面を利用した横穴式住居)の村の日常を、井戸を掘っても掘っても水が出ないとある一家をメインに据えながら、3年にわたって追いかけた作品だった。「風水で決めたから間違いない」とか言いつつも、その実は、闇雲にあちこち掘っているだけなので水は出ず、言い訳を重ねる一家の主。村人の前で偉そうに演説をぶちかますが、「改革開放」と「計画経済」を言い間違える地方役人。たまの休日に町の薬局で「少女の春」という乳液を購入する、顔のブツブツが気になるお年ごろの農家の次男坊。それは、シニカルかつユーモラスな描写の中に社会批判を潜り込ませつつ、情愛やペーソスもしっかり描かれた、優れたドキュメンタリーだった。

ドラマとドキュメンタリーの違いはあるが、「秋菊の物語」には、これと同じ匂いがする。

両方とも舞台が黄土高原の農村だという共通点がそう思わせるのかもしれない。チャン・イーモウに撮影監督の経験があるように、この寧夏回族自治区電視台のディレクターも自分でカメラを回していたからかもしれない。ただ、同じ時期(90年代)に私が見たり関わったりした他の中国のドキュメンタリー番組からも同じ香りはした。何の変哲も無い農村の日常をシニカルかつユーモラスに描きつつ社会批判をまぶす、という手法が共通していた。もしかしたら、チャン・イーモウによるこうした表現が、当時の中国の映像業界では流行していたのかもしれない。などという想像は逞しすぎだろうか。

まあ、それほどインパクトの強い作品であるということだ。そして、画面全体を多う埃っぽさ、漂ってきそうなガソリンの饐えた匂いなど、個人的には激しい郷愁をそそられる作品でもあった。
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