映画族やま

わたしたちに許された特別な時間の終わりの映画族やまのレビュー・感想・評価

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8/22
ドキュメンタリーパートとフィクションパートが入り混じって結果的に、何をみてるのかわからなくなった。でも不快に感じたわけじゃない。むしろ脳内フル回転で様々なことを考えさせられて、知らずと涙がでた。
ドキュメンタリーパート。最高の友達と遊んだり音楽やってる増田壮太さんがあまりにも生き生きしすぎていて。
観終わって劇場でたら、増田さん居るんじゃないかとか思った。
とにかく、生きていた。
もう居ないという事実が悔しい。
フィクションパート。
ドキュメンタリーパートの増田さんとかをはるかに超えて、太田監督がこわいくらいに深くまで追求、映画を完成させる、死とむきあう、いろいろなものに潰されてしまいそうな感覚があった。
それを含め、あの仮面には、なにか重要なものがあるんだと思う。
ドキュメンタリーパートはそれだけで生の威力があった。でも、フィクションパートで仮面外した瞬間の太田さんの表情と台詞で、なんか、ざわついたんだよね。うまく言葉にできないけど、あれはフィクションじゃない、というか。
あのフィクションパートがドキュメンタリーなのか完全につくられたものなのかなんて関係ない。
あれは、"自殺"をめぐるどうこうでもありながら、太田さんのためのパートのような気がする、いろんな意味で。

関わっていない人には真実は到底知ることはできない。そして、監督や蔵人さん、御両親にも。
だけどこの映画で、増田壮太、冨永蔵人、太田信吾の3人の空間をみて、なんか、そんな深くを知らなくてもいい気がした。でも、知りたくもなる。
観終わって、ただただ呆然としていた。
(点数で評価云々しづらいので星なしです)
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