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ジミー、野を駆ける伝説のodyssのレビュー・感想・評価

ジミー、野を駆ける伝説(2014年製作の映画)
3.5
【独立してからが大変だった】

『麦の穂をゆらす風』など、アイルランドや英国の社会を歴史的に描いてきたケン・ローチ監督。今回のこの映画もアイルランドを舞台にしています。

現在はアイルランドは独立国ですが、20世紀初頭にあってはそうではありませんでした。英国の一部だったのです。長年の悲願がかなって独立国となったのは1931年のこと。

ふつう、独立国家となったならめでたしめでたしとなりそうなものですが、独立からあまり日がたたない時代のアイルランドを描いた本作を見るなら、事態は複雑であったことが分かります。アイルランド内部の階級対立や、カトリック教会による古い道徳観の押しつけがあったことが、この映画から見えてくるのです。

主人公のジミーは独立問題のごたごたからいったんはアメリカに逃れますが、その後帰国して、アメリカの新しい庶民的な文化を伝えると共に、階級対立ではあくまで貧しい小作農の立場にたって運動を展開します。

しかしそれを良しとしない人々、言うならば守旧派も存在している。またそういう人たちは社会的に強い立場にあるので、数の上では勝っている貧しい人々の主張もなかなか通らない。

そういう中で苦闘するジミーの姿は、植民地主義がなくなっても、つまり晴れて独立国家になっても、それで物事が万事解決したわけではなく、独立国家が本当の意味で国民のためのものになるためにはさらなる葛藤を克服していかなければならない、という真実を示しています。これは単にアイルランドだけではなく、現在のアフリカ諸国やイスラム国家にも普遍的に見られる問題でしょう。

『麦の穂をゆらす風』で出てきたIRAは、この映画では直接的には登場しませんが、アイルランド内部の価値観をめぐる争いには基本的にノータッチだったらしいことが分かります。英国への隷属は批判しながら、カトリック教会や地主の支配には必ずしも批判的ではなかったらしいIRA。社会主義革命を起こしても共産党が新たな権威主義の源になってしまったソ連や中国の実態を考えるなら、政治団体が解決できる事柄はあんがいに少なく、一般市民が日常の中でしっかりと平等を実現していくことが大切なのかな、という感慨を覚えました。
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