真一

私の少女の真一のレビュー・感想・評価

私の少女(2014年製作の映画)
3.9
 私たち人間は例外なく差別と偏見のかたまりだという現実を、鮮やかに描き出した良作だ。

 舞台は韓国。警察官僚の主人公ヨンナム(ペ・ドゥナ)は、レズビアンすなわち性的マイノリティーであることが問題視され、ソウルの総本山から、ひなびた漁村にある警察派出所の所長に左遷される。誰ひとり心を許せる人がいない未知の土地で、ヨンナムは、義父からの暴力で心身共に傷ついた少女ドヒ(キム・セロン)と知り合い、自分の家にかくまう。

 逃げ場もなく震える少女の姿に、自分を重ね合わせるヨンナム。だが、少女を家にかくまうしかないという彼女の判断は、社会から信じ難いような誤解を受ける。私たちマジョリティーが無意識のうちに、どれだけマイノリティーを踏みつけているかを、これでもかとばかりに見せつけられるストーリーだ。

 ヨンナムを左遷した警察幹部は、日本の官庁や企業の幹部も思わず言いそうな言葉を口にする。

 「僕は偏見なんか持っていない。だが君も公職に就いている身だ。問題を起こさないよう気をつけてほしい」

 偏見はないと言いながら、同性愛をやんわりと禁じる幹部。どれだけ差別的で、残酷な命令を下しているのか、一片の自覚もない。ヨンナムが異性愛者だったとすれば「これからは男性と交際するな」と注意されたのに等しい。

 マジョリティーによって認められた相手としか大手を振って付き合えない韓国。そして日本。こんな非道な社会をつくり上げたのは、ほかならぬ私たち自身だと改めて感じる。

 この作品が秀逸なのは「一人一人の人間を、女だとか、同性愛者だとか、都会人だとかいう雑なカテゴリーでくくり、決め付けることはやめてほしい」という魂の叫びを発しているはずのヨンナム自身が、ヨンナムの家に転がり込んできたドヒを「かわいそうな少女」という雑なカテゴリーにくくってしまった展開まで、丁寧に表現しているところだ。

 孤独なドヒは、同性で年上のヨンナムに恋し、幼いなりに性的なアプローチを示し、ヨンナムの元カノに激しい嫉妬を抱き、最終盤で衝撃の行動に出る。ドヒを「かわいそうな少女」としてしか見ていなかったヨンナムにとっては、全く予期していなかった展開だった。

 本作品はヨンナムの被害者としての面だけでなく、上から目線の優しさを与えて少女を傷付ける加害者としての一面も描き出したと言える。監督の洞察力の深さを感じさせられた。

 ただ、ヨンナムがドヒを家族として受け入れることで一件落着としたエンディングについては、疑問を感じる。「ヨンナムは幾多の葛藤を乗り越え、責任を果たした」という趣旨だろうが、現実はそんなに甘くないだろう。

 母親に捨てられ、義父と祖母の凄惨なDVにさらされ、精神を破壊された児童を、素人が同情心だけで専門家に相談もせずに救済しようとするのは、難しいだけでなく、無責任だと思った。

 もっとも、そうした難点を加味しても、反差別とヒューマニズムを正面から見据えた本作品の価値が揺らぐものではない。多くの人にお勧めしたい一本だ。
真一

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