OASIS

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)のOASISのレビュー・感想・評価

4.0
「バードマン」というヒーロー映画でかつて一世を風靡した俳優が、再起をかけてブロードウェイの舞台に挑む姿を描いた映画。
監督は「21グラム」などのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。

ハリウッドやブロードウェイといった業界内情モノとしての側面が極めて強く、SNSや動画サイト等のツール、全人類批評家時代とも言われるほど何処の誰でも自分の意見を強く主張するといった時代性と批評性が高く評価されたのかなと思った。
「バットマン」のマイケル・キートンを始めとし、エドワード・ノートンやエマ・ストーンというアメコミ映画への出演経験を持つ俳優達を集め「世の中はアメコミ原作モノばっかりだ!」と業界全体を憂い嘆き、批評家に対する皮肉が痛烈に包み隠さず表現されているにも関わらず、こういった作品が作品賞を取るという所にアカデミー会員達の懐の深さや寛容さをアピールしようとするやらしい考えが見えなくもないが。

そんな考えなんて全く関係無く、映画自体も面白い。
長回しの名手である撮影監督エマニュエル・ルベツキによる、超ロングカットの連続でまるで120分ワンカットのように見える映像は未知の体験で、主人公が楽屋から移動を始めるオープニングから既にその体験は開始されている。
そう、人生に継ぎ目は無くまた途切れもしない。
ダーレン・アロノフスキーの「ブラックスワン」や「レスラー」を髣髴とさせるキャラクターの周りにピッタリと張り付きながらせかせかと動き回るカメラは、登場人物の一人かと見紛う存在感を放つ。
背中から、真正面から、横から、そして時に駆け足気味で時に驚く程にゆっくりで。
キャラクターを追い越したかと思えば戻って来てそのまま後ろから着いて行く、というような誰かに追従する形のカメラワークがこっそりと内幕に潜入した感覚をもたらし、より内情モノとしての面白みを感じさせる。

階段の途中で一瞬暗闇に包まれるシーンや、カメラがビルの方を向いて時間が経過するシーンはカットを割っているんだろうと推測は出来たが、他はほぼ地続きで進行して行く。
基本的に長回し+画面に人間が犇き合うという忙しなさは「神々のたそがれ」のようなカオスさを感じさせるが、こちらはキャラクターの動線がはっきりと整理されているように見えるし、カオスはカオスなりの良さ、コスモスはコスモスなりの良さがあってどちらも目に楽しいのは違いない。

リーガンだけではなく、薬物中毒からのリハビリ中の娘サムも、ブロードウェイを夢見るレズリーも、才能を持ちながら悩むマイクも、それぞれ何かしら自分自身に内在する葛藤と戦っていて、それを分かり易く「鏡」を使って演出していた。
「タクシードライバー」や「ブラックスワン」的な自分の中に眠るもう一人の自分への問いかけであったり、それが現出する際の醜さであったりと、自分という存在を炙り出す為の装置として効果的に使われていた。
鏡にカメラが写り込まないなんていうのはもはや当たり前過ぎて何とも思わないレベルだったのだが、エドワード・ノートンが全裸になるシーンで見事にチンコが隠れているその絶妙な位置関係に思わず心の中で「スゲェ!」と唸ってしまった。
ブリーフ一丁でタイムズスクエアを練り歩くシーンも、笑える上に同時に自分の知らない所で悪評が過疎度的に拡散して行く怖さも描いていて町並み同様に混沌としていた。
その他印象に残ったカットは、サムとマイクが舞台の天井でイチャついているところを上から通り抜けて舞台上まで降りて行くシーン。クレーンの様にも見えるけど障害物があるしあれはどうやって撮ったんだろうかと気になった。

リーガンの頭の中では常にバードマンの声が響いているのだが、それが幻覚となって目の前に現れるのが後半になってからと意外に遅い。
これはたぶん、主人公だけでは無く挫折を経験したありとあらゆる者達がもう一度希望へ向かって羽ばたきたいと願うことの表れかと思うのだが、実際はバードマンが見え始めてからの展開は全てまやかしだとも言える。
ただの幻覚・幻聴で済ますのも勿体無いし、彼がマスクを被っているという事でその正体は誰でも無くヒーローへの憧れや挫折・悔恨が作り上げたものであるのかもしれない。
誰しも目の前にバードマンが現れるかもしれない可能性を秘めているのだと。

バックグラウンドで常に鳴り響くドラムスコアは時にただただ喧しく、時に心臓の拍動のように一定のリズムを刻み、画面の内外に関わらず周囲から喧騒が漏れてくる。
それがエンドロール後も鳴り止まぬという事はつまり彼はそういう状態のままであって、鳥が羽ばたき去って行く方向や娘の視線が下から上に動くことからその先には転落からの再生という「奇跡」が起こっているとしか考えられなかったが...。
究極の自己愛が自分の存在を自分だけが知ったまま消え去る事だとしたら、イコール天に向かって羽ばたいて行くという事はそういう事でもあるし...。
見終わった後の素直な受け止め方を信じるなら、前者だと思いたい。

@TOHOシネマズ梅田
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