垂直落下式サミング

レヴェナント:蘇えりし者の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

レヴェナント:蘇えりし者(2015年製作の映画)
4.7
熊に襲われ傷を負ったため猟師仲間に見放されたアメリカ開拓時代の冒険家ヒュー・グラス。彼が320キロを這うように進んでインディアンの治療を受けて生還した実話を、レオナルド・ディカプリオ主演でアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督が映画化。
仲間に生き埋めにされたグラスの生還物語は建国から歴史の浅いアメリカにとって叙事詩のようなもので、一度死んだ男が再び甦る英雄誕生譚の一種として絵本などで語られることがある。本作も古くからあるお馴染みの話のプロットに則り、見捨てられた男の苦行と生還そして復讐を描く物語だ。
ディカプリオ演じるグラスが極寒の大地を這いつくばりながら進み、氷の張った凍てつく川に流され、死んだ動物の生肉にむしゃぶりつく体当たり演技は本当に痛ましい。バッファローの肝臓を食ってゲロを吐くシーンは本物の生レバーらしく、ベジタリアンのレオ様にはきっつい経験だっただろう。その入魂っぷりは『タイタニック』で定着してしまったツルッとした二枚目イメージなど軽く消し飛ぶ程。念願のオスカーに相応しい熱演だ。
予告にもある原住民の襲撃をうけたグラスが死にもの狂いで逃走するシーンは、騎馬部隊の追跡に反撃しながら馬に飛び乗り、森を抜け、平原を駆け、崖から落ちるまでワンカットで撮影されており、極力CGを使わずに描かれる鬼気迫る映像は素晴らしい出来映え。そして、黄昏時の自然光にこだわり映画のマジックアワーを抜き取った高地撮影は、そこに存在する空間そのものの美を撮しとることに成功し、空気まで凍てついたかのような冷厳な雪原の映像をより映画的で厳かなものにしている。スクリーンには実に美的な映画世界が広がり、160分というランタイムの長さを感じさせない。
そして主人公を襲うクマ。アニマルパニック映画で描かれる人を襲う動物で、海洋で最も恐ろしい生物はサメであり、陸上だったらクマということになるだろう。しかしながら、後者を主役にした映画は正直言ってパッとするものが少ない。サメ映画なら『ジョーズ』という世界共通のポップアイコンが存在するが、クマ映画は『くまのプーさん』や『テッド』は知っていてもリアルなクマを描く映画は思い浮かばない人も多いんじゃないだろうか。熊映画の先駆『グリズリー』をはじめ『子熊物語』『ザ・ワイルド』のような知名度のある作品も、ジャンルのど真ん中に鎮座し「これぞクマ映画」と呼べる金字塔にはなれなかった。イマイチ売れないクマ映画。四足歩行の哺乳動物は恐怖演出に向かないのかもしれないし、まぁ単に私の「クマが一番恐い」という感覚が間違っていて実際にはヘビや毒虫の方を恐いと感じる人が多いからなのかもしれない。
本作はずんぐりした巨大なハイイログマにグラスが襲われるシーンをかなりリアルに描いており、興奮した息遣いと体重を感じさせるのそのそとした動物的な動作によって表現されたそのクマ感は映画に緊迫した臨場感を生み出している。グラスが森で獣の気配を感じ息を殺しながら辺りを警戒する場面は、吉村昭の『羆嵐』で村人が穴持たずと遭遇してしまう場面を思い起こさせる。この『レヴェナント』は技巧を凝らして撮影された映像美に満ちたウェルメイドなウエスタン伝記映画であると同時に、クマ映画というジャンルの持つ可能性を一段上に押し上げたエポックメイキングな作品なのだ。
封切り前から撮影がトラブル続きだということが話題になったが、パンフレットやインタビュー記事などからイニャリトゥ監督の映像に対する並々ならぬ執念が窺い知れ、その理想通りの絵を作り出すため俳優・スタッフともに涙ぐましい努力の末完成した作品であることがわかる。どれだけの人々の血と汗がこの映画の壮麗な映像美のために注ぎ込まれたのか推して知るべし。そんなのどうでもいいや。何にしてもレオ様オスカーおめでとう。