せきとば

4分間のピアニストのせきとばのレビュー・感想・評価

4分間のピアニスト(2006年製作の映画)
4.1
演奏の終わり、我に帰った後に訪れる一呼吸の静けさはステージ上での仕事において最も恐ろしい瞬間なんですよ。

どれだけ自分の中で恍惚を極めても、アクトが終わればその評価は客席が全てを決めてしまう。時に跳ね返ってくる全否定は演奏への評価を飛び越えて自らの人格までをクシャクシャにして捨てられるような、得体の知れないプレッシャーで。

用意されたルールを飛び越えてまで全身全霊をワンステージに捧げてしまうその熱意とは裏腹に、情熱を燃やせば燃やすほどに静寂は残酷さを増していくのがやっかいなところ。

人生がかかっているんだから当然なんだけど、じゃあもっと手軽なものをベットしなさいよ、上手にやりくりしなさいよと言ってもそう簡単にはいかなくて。自己を獲得し、認めてもらい、生きる実感を肌で得るにはそれ以外に一切方法が見つからなかったのである。

それはつまり不器用だし大人なやり方ではないのかもしれない。そう言われればなにも言い返すことはできない。


主人公のジェニーはもとより、この映画に登場する人物の全員が同様に様々な要因の果てに「生きづらさ」を抱えており、それとの向き合い方に難儀している。

その全てを語りきることをしない憎らしさがまた業の深さを示していて良い。フィクションの中とは言え、2時間やそこらで人それぞれのしんどさを説明しきるなんてことは絶対に出来ないからだ。

きっと父はこのあとも過去の後悔と歪んだ愛の板挟みになるのだろうし、クリューガーさんも失った未来を取り戻すことはできない。当然、ジェニーも引き続き生きづらさに葛藤するだろうし、人との付き合い方に悩むだろう。なにも変わってないじゃないかと思うかもしれない。


それでも1回のステージに余すことなく詰め込んだ生き様に喝采が鳴り響いたら、破って踏んづけてまた丸めて投げ捨てた挙句散りじりになってどうしようもなくなった自分の汚い人生を少しだけ肯定してあげても良いような気になるのです。
せきとば

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