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ババドック 暗闇の魔物のEikeのレビュー・感想・評価

ババドック 暗闇の魔物(2014年製作の映画)
3.7
7歳になる息子、サミュエルと一軒家で暮らすシングルマザー、アメリア。
悲惨な事故で夫を亡くしたショックを抱え、反抗期を迎えて扱いにくくなる一方のサミュエルへの接し方に悩む日々が続いております。
そんなある日、サミュエルが本棚から抜き出してきた見覚えのない飛び出す絵本。
そこにはベッドで眠る子供の部屋に影の様に忍び寄る怪物、Babadookの姿が。
このお化け話に感化されたサミュエルの行動はますます手に負えなくなってまいります。
そんなサミュエルの言動に振り回され、疲労のピークに達したアメリアはとうとう睡眠障害を発症。
内気な彼女は徐々に精神的に追い詰められてゆくのですが、やがて彼女自身も忍び寄る何者かの気配を感じるように。
そしてある夜、不審なノックの音が...そしてついに「怪物」が姿を現わす...。

このジャケットの印象とは違って、実はかなり洗練されたホラー映画だったのがかなり意外でした。
Babadookという「お化け」を主人公とした飛び出す絵本の世界が、現実をじわじわと侵食して行く様が見事に映像化されております。
具体的に言えばアメリアとサミュエルの暮らす家の内部の色調や照明の使い方などが実に巧み。
低予算の作品であることは明らかなのですがプロダクション・デザインが良く出来ていてアメリアとサミュエルが悪夢じみた世界に飲み込まれて行くかのようなムードがきちんと生まれております。

私、本作をてっきりイギリス映画だと思い込んでいたのですが実際にはオーストラリア映画だったのだ。
色調や物語のペースなどは非アメリカ映画的で、かなりヨーロッパ的なモノを感じましたが、こんな洗練されたジャンル系の作品がオーストラリアから出てくるようになったんですなぁ。

お話の骨格そのものは幼い子供を抱えるシングル・マザーが怪異に襲われるという実にベーシックなホラー映画。
予告編もそんな印象でしたが、本編はそれほどシンプルなお話ではありませんでした。
心理的な側面を強調したホラー&サスペンス作となっており、ストレートなモンスターホラーを過剰に予想(期待)しているとちょっと肩透かしに感じるかも。

本作には3つの怪物が出てまいります。
一つ目は「サミュエル」。
幼い子供のきかん気といいますか、我がまま振りは理不尽で非論理的な訳で大人の目からすれば時として正に「怪物」。
神経の細いアメリアにとってサミュエルは愛する我が子であると同時に自分を追い詰める存在でもある訳で、その点を本作はかなり率直に描いております。
出産時の不幸な経緯で夫を亡くしたこともあってサミュエルへの思いにも複雑なものを抱えております。
問題行動を起こすサミュエルに引きずられ、睡眠傷害に陥った彼女の現実と虚構の境界線があやふやになる姿は見ていてかなり痛ましいほど。
執拗に描かれるアメリアの孤立感とストレス描写のねちっこさは脚本・監督が女性のJennifer Kentであるからでしょうか、結構容赦がありません。

二つ目の怪物は「アメリア」。
怪異が引き起こすストレスを抱えて追い詰められて変容して行くアメリアの姿を視点をサミュエルに移して見ればその姿はやはり「怪物」に他ならない。
ただ、幼い子供にとって母親は絶対的な存在な訳で、自分に危害を与えかねない危ういアメリアの行動に怪物Babadookの姿を重ねあわせることで対処しようとするサミュエルの心理には説得力があります。

そして最後の怪物は…。
もちろん、この母子を呑み込まんとする、絵本の世界から抜け出して来る怪物Babadook。

このBabadookとは何モノか...。
単純なモンスターホラーというよりはダーク・ファンタジー色と心理スリラーの趣も強く感じさせる異色ホラー。
その為、スッキリとしないこの結末に反発を覚える方もいらっしゃるかと思いますが、独特のムードと世界観を提示できていることは明らかで、その観客各自の考察を許してくれるあたり、十分見応えがあります。

オーストラリア映画の充実ぶりを感じさせる佳作であります。
ホラーを敬遠される方にこそお勧めしたい一本です。
Eike

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