OASIS

セッションのOASISのレビュー・感想・評価

セッション(2014年製作の映画)
4.4
世界的ジャズドラマーを目指して名門シェリファー音楽学校に入学したアンドリューは、伝説の教師と言われるフレッチャーの指導を受けることに。
しかし、常に完璧を求めるフレッチャーから容赦ない指導を受ける事になるという話。

手に汗握り全身にグッと力が入りまくった挙句、映画が終わった瞬間にとんでもない脱力感が襲って来た。
それほど映画にのめり込んでいた。
映画のテンポは「倍テン」を維持し、更にその速さを増して行くような終盤はスティックから目が離せなかった。
終わった後、速攻で「キャラバン」が入ってるCDを探しに行った。

音楽学校に入学してから半年、季節は秋になり、アンドリューは小さなバンドに席を置きながらもその位置に落ち着いている自分に嫌気がさし燻っていた。
そんなある日、練習を見学に来ていたフレッチャー教授から自身のバンドに新人ドラマーとして誘われる事に。
そんなウキウキとした気分から一転、いざ教授の指導が始まると空気が凍り付いたようにピンと張り詰め、咳や唾を飲み込むことすら許されない無音の空間となる。
なんだこの空気。順風満帆だった筈の人生に嫌な風が吹き始めるような得体の知れない気持ち悪さ。
生徒達はもちろん、映画がフレッチャーによって完全に支配下に置かれた瞬間の静寂と狂気を内包した空間造りが見事で、その空気に一気に引き込まれた。

アンドリューが初めて教授のバンドに呼ばれた時、集合時間は6時と伝えられ遅刻しそうになりながらもその通りに行くと、そこには誰もおらず1人ぼっち。実際メンバーが集まり出したのは9時頃で、しかも彼らはアンドリューに一言声をかける事も無くスタンバイを始める。
このシーンから伝わって来るのは、メンバー同士の馴れ合いなんて糞喰らえ、誰が消えて誰が現れようが知ったことでは無いというような、その場がチームプレーとは程遠い完全なる個人プレーの場で有るという事。
アンドリューはメンバーと友達になろうともしないし、メンバーもメンバーで演奏やコンクールが終わればそれっきりで、スカウトされたり辞めたりと入れ替わりも激しい。
全員が己が実力を示す為火花を散らすライバル状態の中、アンドリューにも自分の位置を脅かすような人物が現れる事に。
中盤のアンドリューを含めた三人の中から主奏者を決めるパート決めは、その三人からすればもうこれ以上無い程体力を消耗する激しい戦いであったが、そんな事は自分には関係無いと他のメンバーは各々暇つぶしをして終われば何事もなかったかのように帰って行くというドライさが、置かれている状況の厳しさを感じさせていた。
せっかく出来た彼女とも別れ、孤独こそ音楽の神様に選ばれる為の試練だと言わんばかりに狂ったように練習に没頭するが、それもまた先人達が散々取り組んでいた事であったりして、そんな世の中の上手くいかなさに揉まれる主人公が居場所に迷う様子も痛いほどに伝わって来た

何の問題も無いと思っていた彼女が別れを切り出されるシーンで、アンドリューの目に宿った狂気を見るともう引き戻せない所まで来てしまっているのだなと恐怖すら感じた。

フレッチャーは「フルメタル・ジャケット」のハートマン軍曹を髣髴とさせるが、徹底的に人間としての尊厳を打ち砕くあちらと比べると、人間的で社交的な部分を垣間見せる場面もあるこちらの方がまだ付け入る隙はありそうに思える。
ただ、ナチュラルに周囲がヒく罵詈雑言を吐くような奴はどこかやっぱり頭がおかしく出来ている訳で実はあんまり気に留めない方が良かったりする。
そういう点で比較すると、人格者と支配者という相反するものを持ち合わせる二重人格的なフレッチャーに対しての底が見えない恐怖の方が勝るのではないか。
フレッチャーが知り合いの子供に対して「うちのバンドでピアノやるか?」と誘う場面を目撃したアンドリューが気持ち悪い者でも見るような顔で去って行くシーンがそれを物語っていた。

実際は楽器に血が飛び散るなんてありえないらしいし(楽器が傷むし)、せいぜい腱鞘炎になるくらいなのだそうだが、もはや楽器を愛しているのかいまいかよりもフレッチャーの支配から抜け出す事を目的としているようなアンドリューの、文字通り血の滲むような努力がやや誇張気味に描かれてはいる。
だからこそ、それが達成されるようなラスト10分の息も出来ないような完全に二人だけの世界で行われる真っ向勝負がフレッチャー→アンドリューの切り替えの連続がルサンチマンVS支配者意識のぶつかり合いの切迫感を煽る。
完璧に魂が共鳴し合い、解放され、通じ合った瞬間に最高のクライマックスを迎え若干食い気味に映画は終結するが、その後二人の関係がどのように変化していくのかを考える余韻が残った。
アンドリューはフレッチャーの元を巣立って行くが、彼は何事も無く第二、第三のアンドリューを探し出しその熱鞭を振るうのかもしれない。

何はさておき、フレッチャーを演じたJ・Kシモンズの血管がはち切れそうな怒号と平常時の落ち着き払った振る舞いとのギャップに恐怖するべし。
自分の座席の斜め前にスキンヘッドのおっさんが居て、それが視界にめちゃくちゃ入って来るので気が気じゃなかったのが良い緊張感を与えてくれた。おっさん「グッジョブ」。

オープニングとエンディング、そして劇中にも激しくドラムの音が鳴り響くので「バードマン」を思い浮かべる人は多数居るだろう。
同じ日に観てしまうと一日中ドラムの音で耳鳴りを引き起こしてしてしまうかもしれないので、同日鑑賞は避けた方が良いと思われる。

@TOHOシネマズなんば
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