イルーナ

ソング・オブ・ザ・シー 海のうたのイルーナのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

個人的に、ここ数年で最大級の衝撃を受けた作品でした。
まるで良質な絵本を読んでいるかのような感覚の素晴らしい作品で、観終わった後優しい気持ちになるだけでなく、しばらくの間まだ半分映画の世界にいるような感覚でした。
この作品でカートゥーン・サルーンを知った人も多いでしょう。私もその一人です。

愛犬クーやアザラシといった動物たちの愛くるしさ。生命力や輪廻を表す渦巻き模様。
透明感をたたえた深い青、夜の静謐。本作は主に夜や洞窟、海が舞台なので暗い画面が多いのですが、それだけに光の演出が神秘的。
どれも語彙力を失うほどの美しさ、素晴らしさ。もうすべてのカットが芸術的。
また、「お父さん=マクリル」「おばあちゃん=マカ」「ダン=シャナキー」と、現実世界とリンクしているから、より身近に神話世界が感じられる。

本作のテーマは、「喪失の悲しみと再生」。冒頭でも「この世界は、涙で満ちあふれているから」と語られます。
シアーシャが生まれた日にお母さんが亡くなった(正確には人間としての活動限界が来たって感じか)ことで、その日以降家族の心はバラバラで、重々しい雰囲気が立ち込めている。
前半はベンのいじわるっぷりが強調されるけど、お兄ちゃんということで家族からかまってもらえない。
状況的に、妹が生まれたせいでお母さんが死んだと思うのも無理はないし、さらに口をきけないこともあって何を考えているのかわからないから、余計につらく当たっちゃうんだろうな……
弟や妹がいる人だと、よりリアルに感じそう。
お父さんは知らなかったとはいえ、悲劇の再来を恐れるあまりシアーシャの命綱であったセルキーのコートを海に捨ててしまうし、おばあちゃんは嫌がる兄妹を無理やり街へ連れて行く。
「人や妖精の感情を奪って石にしてしまう」と恐れられていた魔女マカは、大切な人を失って悲嘆にくれる巨人の息子マクリルを気の毒に思うあまり、感情を消して石に変えてしまった。そして自分も感情を消そうとして正気を失っている。
「誰かのためを思ってしたことが結局押しつけにしかならず、悪い方向に転がる」という皮肉。
この問題は、その後の『ウルフウォーカー』でさらに掘り下げられていますね……

しかし感情というものは自然に湧き出るものだから、それを否定するということは生命力を否定するのと同義だった。
だからシアーシャが言葉を得て、妖精たちの救済=失われた感情の開放を成し遂げるクライマックスは胸を打つ。
そう、悲しい時に心から泣くことは悪いことじゃない。負の感情から目を反らし続けていても、何の解決にもならない。
自分の感情を抑え続けた結果、大人たちは歪みが生じていたけれど、そうした枷のない子どもたちがこの状況を救うのが象徴的。
ベンは妖精たちと出会ったことから大きく成長しましたね。徐々に妹を思う気持ちが芽生えて行って、後半ではすっかり立派なお兄ちゃんになっていました。
シアーシャの生まれた日の真相を知る下りから涙が出てきました。他にもイラクサの下りとか、海の中に飛び込むところとか、本当に丁寧に、妹との和解を描いているんですよ……

そしてお母さんの「忘れないで。物語や、歌の中に、母さんは、いるわ……」の言葉。
個人的な話になりますが、ちょうどこの映画が公開される前、家族や尊敬する人を亡くしていたので、このテーマが本当に刺さりまくりました……
おかげでこの作品以降、「大切な人を喪っても物語や心の中に生き続け、その思い出が道を指し示す」というテーマにすっかり弱くなってしまいました。

絵本のような幻想と神秘の神話世界だけでなく、普遍的な苦しみや悲しみにも寄りそった本作。
まさに現代によみがえった神話そのもの、と言っても過言ではないでしょう。

追記:冒頭で語られていた詩、元ネタがあったんですね……
ウィリアム・B・イェイツの「さらわれた子ども(The Stolen Child)」からの引用でした。
吹き替えでしか見てないとはいえ、どちらかというと冒険を後押しするニュアンスで受け取っていたのですが、元ネタは誘惑の詩。
そうすると、ラストのシアーシャの選択も重みを増しますね……妖精の血を引いているだけになおさら。
イルーナ

イルーナ