真一

みかんの丘の真一のレビュー・感想・評価

みかんの丘(2013年製作の映画)
4.0
 以前、中国や韓国が嫌いだと答えた日本人に対し「あなたは韓国情報をどこで入手していますか」と問う世論調査の結果を見たことがある。60~70%が「ネット情報」と回答していた。説明の必要もないほど、ネット上では、中国人や韓国人、在日コリアンへの憎悪を煽る「情報」が飛び交う。こうした「情報」を信じるネット民が、さらなる敵意をたぎらせ、匿名でヘイト投稿している実情が、容易に思い浮かぶ。

 相手に直接会うこともなく、相手を敵視する身内の噂話だけをもとに勝手なイメージを作り上げ、敵意と憎しみをあらわにすれば、レイシズムと戦争を加速させるのは自明の理だ。

 本作は、こうした懸念と問題意識を存分に感じさせてくれる良作だと思う。

 登場するのは、ジョージア(グルジア)人を卑劣で低俗なネオナチ侵略者としか見ていないチェチェン人と、チェチェン人をイカれたイスラム・テロリストだと信じるジョージア人。二人は戦闘中、ひょんなことで中立的な立場のじいさんに救われ、なんと一つ屋根の下で共同生活することになる。日本の嫌韓ネトウヨと、韓国の反日ネチズンが、偶然一緒に暮らし始めるという設定以上にやばい展開だ。

 興味深いことに、二人は直接会話を通じ、相手が自分と同じ人間だという事実に気づかされる。飯も食えばトイレにも行き、家族がいて喜怒哀楽があるという事実を。これをきっかけに、互いに相手を「観念上の鬼畜」から「言葉を交わす隣人」とみなすようになっていく。

 そして相手を自分と同じ人間と認識した二人は、殺意を喪失していく。あたかもオンラインゲームの敵キャラが生身の人間として出現し、そいつに銃口を向けられなくなるように。自分の目の前にいるのは「チェチェン人」ではなく「アハメド」、「グルジア人」ではなく「ニカ」だと理解した二人は、平和主義や反戦論を学ぶまでもなく、自然と引き金を引けなくなっていくのだ。

 作品は、私たち日本にはなじみの薄いグルジアとアブハジア共和国の紛争を舞台にしている。だが、自国で身に付けた歴史認識と愛国精神を振りかざし、相手を敵視し蔑む両国兵士の心理は、近隣諸国に対する私たち日本国民の感情と決して無縁ではない。というより、極めて多くの共通点があると見た方が正確だろう。

 最後はお決まりの展開で、かなりベタだったが、近隣諸国・近隣民族に対するヘイトの本質と打開策を指し示している点で、素晴らしい作品だと感じた。アブハジアのみかん畑を含む自然描写も美しく、その中で繰り広げられる戦闘の空しさを押し付けがましくなく伝えており、胸に響いた。お勧めの一本。
 
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