esew

完全なるチェックメイトのesewのレビュー・感想・評価

完全なるチェックメイト(2014年製作の映画)
3.0
2020.1/02

「フィッシャーは負けたくないから狂気じみた人格を演じて人を煙に巻いている」んだろうと考えた絶対王者スパスキーに対して、「勝った後のことを考えてるんだ」って言う味方セコンドの神父の言葉がすべてをものがったていたのかなと思う。

フィッシャーはスパスキーが唯一の友達だと無意識に知っていたんじゃないか。そのスパスキーを超えていってしまったことで、もはや心通わせることのできる、同じレベルに生きる生身の人間がリアル世界のどこにも存在しなくなってしまい孤独の中で完全崩壊していったように見えた。それを直感してたから、イチャモンをつけまくってスパスキーを殺さないように意識的にも無意識にも両面で逃げ続けていたのかなと解釈するのが齟齬が少ないかなと個人的には思った。

この手のストーリーラインなら当然の、王者スパスキーと天才フィッシャーが敵対しながらもお互いの才能と実力は認め、心を通わせるって言う描写は珍しく一個もない。「三月のライオン」とか「聖の青春」みたいな日本の将棋の話だったら絶対あるそれがないのが新しかった。スパスキーは世紀の世界戦第6局でフィッシャーの斬新な打ち手に感嘆し、チェス界では普通はしない対戦相手に拍手して投了するという融和的な態度を全世界の前で見せていたのにフィッシャーは始終怪訝な表情で会場から退出するように描写されていた。

それまではソ連という悪の帝国側にあっても無欠で泰然自若で人間的に完成された絶対王者として描写されてたスパスキーが第3局で負け始めてから、フィッシャーと同じように椅子に細工がされてるとか錯乱したことを言い出したのも面白い。なぜチェスプレーヤーは頭がおかしくなるのかっていう文化人類学的なフィールドワーク研究があったら知りたいなと思った。日本の将棋界でそういう話をあんまり聞かないなと。元々破天荒な生活態度の棋士の話はそこそこあるけど、精神的に錯乱してるっていう話はそんなに聞かない。

サクセスストーリーではなく、主人公が錯乱してるタイプのスリラー的なストーリー構成ゆえに目が離せない感はそこそこあるけどそれでも別に人の生死がかかってるわけじゃないから物語の推進力は弱いんだけど、何気ないセリフにいちいち気の利いたパンチラインが差し込まれてるので脚本はいいなと思った。
esew

esew