このレビューはネタバレを含みます
監督: ショーン・ベイカー
脚本: ショーン・ベイカー
クリス・バーゴッチ
『フロリダ・プロジェクト』『レッド・ロケット』と本作、3作観て(『チワワ〜』は観てないくせにと言われれば「はい、すみません」ですが)ショーン・ベイカー監督はただ底辺の人間を見せたくて作品を作ってるんじゃなくて、描かれてるのは人間の業だと思った。
聖夜にキラキラ点灯するクリスマスツリーの隣で頭を抱えるカトリック信仰の異端者の男。
クリスマスイブなんて何の関係もないとばかりに、浮気が原因で揉め、行きつけの、でも自分達とは無関係の経営者の迷惑も顧みず、ドーナツ店の中で修羅場を繰り広げるポン引きと売春婦達。
きっと聖なるもの、救済とか善行の日であるだろうクリスマスと人間のドロドロした業をこれでもかって対比してる様な‥‥
すったもんだの挙句、アレクサンダーをシン・ディは許す。許さざるをえないだろう。
お互い、最も近い相手、互いの傷を一番理解し合っている同胞だ。
女(自称)二人のぎごちなくも温かいラストシーンは、人間の滑稽さと愛おしさを描く向田邦子さんと同じ目線を感じた。
ショーン・ベイカー監督は今作でもキャスティングの真実味には手抜きなしで、素人の中から見つけてきた本当のトランスジェンダー二人(しかもアレクサンドラを演じてるマイヤー・テラーは売春婦として働いた経験があるそうだ)は元より、浮気して揉め事の原因を作るポン引きでヤク売人の男を演じてる男優さんがちょっとしたハンサムで、誠実味ゼロなのに、ダメンズラバーの女達がそれ分かってても惹きつけられて離れられなくなりそうなタイプで、女同士の揉め事の元になるのも頷ける奴。
そして美人じゃなく貧相な若い売春婦の娘。
エンタメ用キャスティングじゃないからこそ得られるリアリティが素晴らしいと思った。
同じ様に底辺に生きるヒロインを描いた『あんのこと』で演技力と存在感を絶賛されている河合優実さんが演った12歳から売春している娘は確かに“なりきってる!”なんだけど、12歳で男を知って、以後、体を売って生きている女って匂いは全くしなかった。あの“じゃない”感。
勿論、映画の醍醐味って、美男美女が紡ぐエンタメやプロの俳優達の演技合戦だとも思う。
そこを地味な素人で見せられてもって、製作者、観客双方思うのは当たり前だろう。
でも、演技力や知名度よりリアルを重視するキャスティングをして、素人を使ってもいっぱしのドラマ作品にまで仕上げられる技量は、まさに監督力の極みじゃないかと思う。
最新作『アノーラ』が作品賞、監督賞他6部門でアカデミー賞にノミネートされているベイカー監督。
パルム・ドールは獲ったけど、ゴールデングローブ賞も無冠だったし、オスカー獲れる可能性は薄そうだ。
でも、メジャーというスティタスに背を向け、エンタメに走らず、徹底して負け組や格差のど底辺にいる人々を描いてきた彼がとうとうハリウッドのメジャーの殿堂の中に鎮座してる。それだけで「ああ、良かったね」と思う。
もう、有名俳優が出てなくても、素人を含め自分の好きな人をキャスティングしても制作費が集まらないって苦労はなくなっただろう。
そして、本作で我らがリョーハ、ユーリー・ボリソフが助演男優賞ノミニーと。
やっぱし、ただもんじゃなかったなぁリョーハ!
英語一生懸命覚えたのかなぁ‥‥
ベイカー監督は『コンパートメントNo.6』の彼を見て、主演のマイキー・マディソンよりも先に彼をキャスティングしたんだそうだ。
さすが、分かってる!ベイカー監督。
ああ『アノーラ』楽しみだ。