レインウォッチャー

タンジェリンのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

タンジェリン(2015年製作の映画)
4.0
無添加濃縮S・ベイカー監督、こりゃ『Anora(アノーラ)』とほぼ同じ話やないかい、てことに気づく。

男を探して町をさまよう、誇りは汚されて何も得るものはなかった、しかし奇妙な縁と絆だけは残った…かもしれない話。1日未満のロードムービー、堂々巡りのアドベンチャー。

主人公が性産業周りの人物だったり、アメリカの隅っこ(※1)を描く点も共通点か。アルメニア系の人々も登場する。(ついでに車中ゲロも。)S・ベイカーならではの「目線」みたいなものは、この頃から既に固まっていたんだろう。

華やかに進化した『Anora』は映画の射程範囲を(ポップさという意味でもメッセージの普遍性という意味でも)広げた作品だと思うけれど、わたしは『タンジェリン』の粗さと狭さに惹かれてしまう。なんていうか、バンドがメジャーに行ってから再編・再録されてヒットしたバージョンより、インディーズ時代の原曲のしょぼい録音が刺さった、みたいな感じ。

浮気男と間女をとっちめるためにクリスマスイブのLAを徘徊するトランス街娼のシンディ。彼女は、結婚まで約束した男が自分の服役中に浮気したこと、しかもその相手が女(純女ってやつですね)であることが許せない。

シンディは頭より手足が先に動いてしまうタイプで、要するに野に放つとかなり問題児であり、グレーゾーン的な傾向もうかがえる。
仲間内でも色んな意味で一目置かれているらしい。プレイリストをザッピングするように次々と切り替わる音楽は面白くかつストレスフルでもあって、彼女のまとまらない思考そのものに思えてくる。

そんなシンディは、噂を辿って町の様々な人々の間を巡る。同業者やヤクの売人、馴染みの客、あと本気で何をしてるのかわからないジジイとか。
iPhoneのカメラが浮かび上がらせる誰も知らなかった小宇宙、転がるのは星ともいえない、腐ったミカン(Tangerine)みたいな粒かもしれないけれど、確かに息をしている。どうだ、見たか、この野郎。そんな啖呵の一撃を食らうようだ。

シンディは「世の中って残酷、ペニスつきで生まれた時点で」とこぼし、彼女が座るバス停のポスターには“They will never let go”(奴らは手放さないだろう)とある。夢見ても戦っても変わらないこと・変えようのないことと、S・ベイカーはいつも向き合っている。

今作にも、誰にも降り注ぐ平等な「クリスマスの魔法」なんてものはない。善き方向に変わったものはなく、損得や善悪の帳尻は合わないまま、あいみょんが書いたみたいに「明日ってウザいほど来るよな」って後味が残る。

それでも、上っ面を引き剥がしたあとに誰かが誰かを無条件に思いやる「祈り」だけはあるかもしれなくて…それはきっと『Anora』にも届いたものだったのだ。

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※1:『Anora』に限らず、他の作品とリンクする要素も多々見つかる。シンディのキャラは『フロリダ・プロジェクト』のヘイリーに受け継がれているし、ドーナツ屋(とアジア人店主)は『レッド・ロケット』へ。