垂直落下式サミング

ドント・ブリーズの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

ドント・ブリーズ(2016年製作の映画)
4.8
デトロイト過疎地区に一人で住む盲目の老人が大金を持っていることを知った空き巣三人組。その金を盗もうと彼等は老人の家に忍び込むのだが、舐めてかかった老人は特殊な訓練を受けた退役軍人で、非行者たちは恐怖の一夜を過ごすこととなる。そして、彼にはさらなる秘密があった。
家に侵入してくる悪人と盲目の家人の戦いを描く映画には『暗くなるまで待って』とか『見えない恐怖』というのがあるが、この映画の老家主はオードリー・ヘップバーンのように可憐でもないし、ミラ・ファローのように儚げでもない。閉鎖空間でガチムチ殺人マシンを相手にしなければならなくなるソリッドシチュエーションスラッシャー。
薄暗い家のなかで繰り広げられる盲者による人間狩り。地に足のついた物語展開と、臨場感溢れるスリリングな演出によって、ジジイがフレームインする度に戦慄が走る。
最初に、銃の引金が引かれる場面をショッキングかつダイナミックに描いているのも上手い仕掛けだ。最初に「銃は簡単に人間を殺せる道具」で「このジジイはそれを躊躇なく扱える」ということを観客にしっかり認識させておくことによって、中盤以降、泥棒たちがジジイに銃口を向けられる場面では心臓が縮み上がりそうになる。
空間の見せ方が見事で、賊たちが玄関から家内に侵入してから、家内部の全体構造をワンカットで撮しきっていた。几帳面に工具が並べられた勝手口、娘の写真が逆さまに飾られたリビングルーム、南京錠のかかったドア。階段を上がると、二階の寝室のテレビは点きっぱなしで、幼少期の娘を撮したホームビデオが再生されている。そして、その部屋のベッドで静かに寝息をたてる老人。観客に登場人物たちの位置関係をスマートに把握させると同時に、今は亡き娘を思い続ける孤独な生活を想像させておいてからの殺戮。
神などいない。突如として降りかかる不条理に抗おうとすれば誰もが盲人となり、混沌という暗闇に自らの意思で足を踏み入れてしまう。テーマと題材とが上手く一致している優れたホラー作品だった。

大手シネコンでほぼ満席状態での鑑賞だった。私の隣の席には友達同士で来ていた女子二人組が座っていたのですが、予告映像の最中にもLINEを確認したり、ハンドミラーで睫毛を気にしたり、インスタ用の写真を撮ったりと、なかなかにイマドキ女子スタイル。さすがに本編が始まったらスマホはしまうだろうけど、ずっとこの調子だったらどうしよう…。鬱陶しい席選んじゃったなぁとイライラしていたら、劇場予告が終わり画面にゴーストハウスピクチャーズのスタジオロゴ映像が映し出されたとき、そのでかい音で女の子達が「ひゃっ!」と悲鳴を上げた。よぉし!映画館の神様ありがとう!若い娘さんのビビッドな反応込みで映画を楽しめるとは、なんと贅沢なのでしょう。偉いもんで、そこから先はざわざわしていた劇場全体が水を打ったように静かになり、みんな食い入るように画面をみつめていた。
“ドアに鍵がかかっていて出られない”という展開が来る度に、隣から「開けときなよぉ…」「開けといてよぉ…」という声が聞こえてきた。あぁ…かっ…可愛い…。彼女たちは上映終了後、「今まで観たなかで一番怖かった」「私、真ん中の席じゃなかったら帰ってたよ」なんてことを語らいながら、スマホの電源をオンにして帰っていきました。私としては、解凍スペルマ注入シーンの件について、ぜひ女性視点の感想を聞きたかったのだが…。
映画館とは知らない人と同じ時間を共有する場所だということを改めて強く感じる映画体験だった。レディースデイのレイトショーに観るホラーはいいものだ。