垂直落下式サミング

マーシュランドの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

マーシュランド(2014年製作の映画)
4.3
遥か上空から地表を見下ろす航空写真のシーンから幕を開ける本作。その後も、舞台となる湿地帯を俯瞰的に映し出す空撮が多用さる。それが河川なのか森林なのか、或いは小高い丘のような起伏でもあるのか、画一的な視点においてはその場所の本当の形などわかりはしないし、そんなものはとるに足らないとでも言いたげなオープニングだ。毒毒しいようで美しい。人体標本の断面図をカラフルに色付けしたかのような薄気味悪さにぐっと引き込まれる。
1980年、フランコ将軍による独裁政治の爪あとが残るスペインのアンダルシア地方。湿地帯の小さな町で、幾人もの少女が行方不明になり死体となって発見される。祭りの開催中に消えた姉妹にいたっては、強姦された挙げ句、乳首や足の指を切り取られ、痛ましい拷問後の惨殺体となって遺棄されていた。少女を狙った連続殺人である。
そこへ、首都マドリードから左遷同然で派遣された若手刑事ペドロとベテラン刑事フアンが事件を担当する事になるのだが捜査は難航。ぬかるみのなかで足をとられながら葦を掻き分けて進むような感覚で物語が進み、もどかしさのあまり魅入ってしまうサスペンスとなっている。
刑事コンビは、ほとんどおしゃべりをしない。二人のあいだで交わされる会話は仕事のことだけ。独裁政権の犬だったフアンの暗い過去や、もうすぐ子供が生まれてペドロが父親になるなど、そこらへんの人情は取り立ててクローズアップされない。無駄話は嫌い。僕は主人公のひととなりとかどうでもよくて、物語が主題とすることだけに興味があるようだ。こういうミニマムな語り口の映画が好きだったりする。
終始立ち込める不穏。ただそこにある閉塞。田舎町にはびこっていた様々な問題が少しずつ少しずつ浮き彫りになって、中盤からは政変時特有の鬱屈とした負と断絶の空気が漂ってくる。終盤は、フランコ政権後もしたたかに生き延び続けた闇が姿をあらわし、観客の確信に影を落とすことになる。こいつがどういう人間だったのか、その内面に興味のなかった僕への当て付けのような結末であると解釈した。
そんな鬱屈とした物語のなかに、お調子者の密猟者が情報屋の役割で絡んできたり、スペインのカポーティを名乗る記者が出てきたりして、娯楽映画らしい息継ぎをさせてくれるため、わりとオーソドックスで親切な作りの作品だ。
あれこれ懲りすぎず、それでいて抜かりはない撮影も好み。刑事の車が夜道を走行中、灯りのないなかを独り歩く女の背中をヘッドライトの光が白く照らし出し、その横を追い越しバックミラーを見ると女の身体はテールランプの光で赤く染まって遠ざかってゆく。とても印象的な場面で、他にも、草原で逃げる男を追走する様子を横からとらえたシーンや、水鳥が飛び立っていくなかを車がこちらに向かってくるシーンなど、陰影に富んだ非常に美しいシークエンスが散見される。
湿地はよそ者の足取りを鈍らせ、そこに踏み入ったものを逃がさない。昼間の嫌みなほどの明るさと、黒に沈んでしまいそうな夜、そのなかで死んでいく少女たち。何だかとても真っ当な如何わしさ。
僕が「少女監禁殺人」みたいな性的な要素を含んだサスペンス・スリラーに惹かれるのは下世話な興味だけでなく、女を守りたいのと、自分だけのものにしたいのと、そのふたつが欲望として混在しているから。それはできれば誰にも知られずに、ずっと自分のなかに隠しておきたい。とってもメンヘラなのである。