蛸

ベイビー・ドライバーの蛸のレビュー・感想・評価

ベイビー・ドライバー(2017年製作の映画)
4.4
過去の自動車事故の後遺症(=トラウマ)のせいで始終耳鳴りに悩まされるベイビー。耳鳴りという壁は彼がありのまま世界に接することを阻みます。ベイビーは世界から疎外された存在ですが、音楽が彼と世界の間を取り持つ仲人としての役割を果たします。音楽によって世界と調和するベイビー。(音と映像の同期=世界と主人公の調和という図式はアステアの『バンドワゴン』のゲームセンターのシーンなんかにも共通すると思います)。誰しもが「好きな音楽を聴いている間は自分は無敵だ」と思ったことがあるのではないでしょうか。彼は日常をミュージカル映画のように仕立てている人間なのです。そのことを明快に示したオープニングシークエンスがまず楽しい。ハンデを楽しく乗り越えようとする彼の行動が胸を打ちます。健気です。日常の音を素材として音楽を作っている彼の行為も、世界と自分の距離を縮めるための行為として理解できそうです。その意味で彼にとっての「一つのイヤホンで同じ音楽を聴く」という行為が通常の映画にとっての「同じ食卓」を囲むのと同じような役割を果たしているところが面白かったです(そしてその変化も……)。

とにかくこの映画、音と映像の同期、サウンドデザイン周りの快感が半端じゃない。でもそれは単なる小手先の技術の見せびらかしではありません。音楽によって世界と調和する人間が主人公の映画ならば、音と映像の同期は必須事項です。映画のテーマが要請した技法です。
個人的にはこの映画、主人公がとても魅力的なところが大きい。なんにせよベイビーが可愛くて健気でかっこいいんです。最近見た映画の中で一番好きな主人公でした。
これまでのエドガー・ライト作品とは違ってコメディ色は薄いです。後半の展開もハードだし、ラブストーリーを真正面から描いてます。キスシーンの使い方とかも良いです。ちゃんと意味を持ったキスシーン。
そういう意味で一皮剥けた作品だと思いました。この監督は本当に駄作を作りませんね。
蛸