カタパルトスープレックス

火葬人のカタパルトスープレックスのレビュー・感想・評価

火葬人(1968年製作の映画)
4.1
チェコ・ヌーヴェル・ヴァーグの代表的な監督の一人であるユライ・ヘルツ監督作品です。クライテリオン版のBDで鑑賞。映画技法がフランスの本家ヌーヴェル・ヴァーグと同じなのですが、独自の雰囲気があります。「死」についての話で、「空虚な心」についての話です。不気味だし、ホラー映画と言えなくもないです。

原作は日本でも翻訳されているラジスラフ・フクス作『火葬人(東欧の想像力)』です。舞台はナチスが台頭してきた1930年代のプラハです。カレル・コップフルキングルは火葬場で働く、生真面目で家族想いな男です。その生真面目さがどことなく不気味なんですけどね。おそらくそれは、カレルに心がないからなのでしょう。空虚なんです。とても人形的なんです。

カレルはチベット仏教にも傾倒しています。キリスト教文化のため、ヨーロッパでは火葬はメジャーではありません。ほとんど土葬です。火葬はどちらかといえば合理的なイメージ。そう、火葬はカレルの不条理な合理性を表していると思うんですよね。一方でカレルはチベット仏教にも傾倒しています。チベット仏教は輪廻転生の概念が強く、独自の鳥葬の文化があります。正直にいえば、チベット仏教がカレルの何を象徴しているのかはよくわかりませんでした。原作を読もうかなあ。

ちなみにヨーロッパやアメリカの人たちの「火葬の合理性に対する嫌悪」は「コロナ禍におけるマスクに対する嫌悪」に似ている気がします。そのほうが合理的なのはわかってる。でも、人間的ではない。マスク着用が嫌なのは口を隠すと表情がわからないからですよね。アジアのボクらの方が、こういう衛生的な部分に関しては合理性を好むのは面白いと思います。多くの部分では欧米の人たちの方が合理性を好むのにね。

映画技法としてジャンプカットとクロスカットが多用されています。また、魚眼レンズを使った歪んだ画像、極端なクロースアップも特徴です。「ああ、ヌーヴェル・ヴァーグ作品を観てるなあ」と思わせる演出が多いです。ちなみに、ボクは本家フランスのヌーヴェル・ヴァーグが大嫌いです。しかし、いくつかべらぼうに綺麗な構図やショットがあります。(ボクが苦手なヌーヴェル・ヴァーグですが)絵として楽しむにはとても素晴らしい作品だと思います。

これまでボクが観てきたチェコ・ヌーヴェル・ヴァーグってヴェラ・ヒティロヴァ監督『ひなぎく』とかイジー・メンツェル監督『厳重に監視された列車』オルドリッチ・リプスキー監督『レモネード・ジョー 或いは、ホースオペラ』とかユーモアがある作品が多かったんですよ。だから、チェコ・ヌーヴェル・ヴァーグって明るくて面白いなあって思ってました。でも、明るくて頭のおかしい映画ばかりじゃないだろう。そう思って調べて本作にたどり着きました。

好みで言えば『レモネード・ジョー 或いは、ホースオペラ』みたいな明るく頭のおかしい作品が好きですが、本作のような深いテーマで頭のおかしい作品も悪くないと思いました。