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20センチュリー・ウーマンのあのネタバレレビュー・内容・結末

20センチュリー・ウーマン(2016年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます


奇しくも同じ屋根の下に集い、同じ時代を生きた5人の男女が、それぞれが何かを求め、煩悶とした人生を補い支え合ってゆく。

主軸は思春期の息子と本心をひた隠す母の、もどかしくも愛おしいヒューマンストーリーである。

母の世代は失敗を認めない。
そんな性分ゆえに、回り道をしてきたドロシアだったが、探しても探しても見つからないモノが、実はすぐ近くにあった。

混沌とした時代に息子が息子らしく生きていけるよう、アビーとジュリーに協力を仰ぐが、子離れといいつつ、言葉と逆行してしまう。
けれど、それが母親らしいとも思える。

そんなドロシアは後に、一生を添い遂げるパートナーと出逢い、かつての夢である空軍パイロットという夢をプレゼントさせる。
飛行機に乗り、大切なモノに気付いた彼女の順風満帆で恍惚な笑顔はより濃く印象に残った。


1979年、ジミー・カーターの演説。

分裂や利己主義という、誤った自由の道に走ると崩壊する。

国の情勢に於ける啓発ではあるけれど、元より母と子としての繋がり方、根本として、人と人の繋がり方の基礎を示唆しているようだった。

それを踏まえて、終盤のみんなで踊るシーンに繋がっているように思える。
それぞれが手を取り合って、楽しく笑い、それでいて静かに優しく相手を見つめて踊る。そして揺られながらもそんなひと時に興じる。
それは人の在り方や繋がりを物語っているように感じられた。

若者ならではのトゲのある奇抜な映像や、性的発言が飛び交う中、総じて紗のかかったような柔らかくて優しい印象が残る。
終始、愛で包まれていたよう。

時代は違えど、いつの時代も繰り返される、親しみのある普遍的なテーマであって、そうやって人から人へ命が紡がれていっているんだなと、しみじみする世界観だった。

言葉だけでは語り継げない、一緒に生きているから感じられる愛があった。
あ