20センチュリー・ウーマンのネタバレレビュー・内容・結末

20センチュリー・ウーマン2016年製作の映画)

20th Century Women

上映日:2017年06月03日

製作国:

上映時間:119分

3.8

あらすじ

「20センチュリー・ウーマン」に投稿されたネタバレ・内容・結末

1979年が舞台。シングルマザーと思春期の息子の話。
アネット・ベニング演じる母と写真家のアート系女子グレタ・ガーウィグと幼馴染のエル・ファニングが周りにいて、多感な主人公が影響されるみたいな。
監督の自伝的要素が強いのか?
住んでるシェアハウスとか衣装とか小道具とか、すごいこだわってる感じ。映像もおしゃれで、俳優の女性陣もいい感じ。
タイトルどおり20世紀の女性の自立みたいなのがテーマなんだろう。
映像もいい。小道具、衣装のセンスもいい。音楽もいい。出てる役者もいい。テーマもいい。
でも、映画としてはつまらない。
映画の中でパンクが扱われてて、「演奏が綺麗じゃなくても情熱は伝わる」みたいのことを言ってるのに、この映画自体は「見た目は綺麗だけど面白くない」みたいな感じになってる気がする。
好き嫌いが別れる作品なのか、つまんなかったなあ。
 息子の教育をルームメイトの女の子に頼む母親とその息子とルームメイトとかが時代を生きる話。

 1970年代のアメリカの風景を音楽や写真と登場人物たちのナレーションで見ているだけで心地よさを感じるテンポや役者さんのお芝居もよかったです。3人の女性それぞれのキャラクターが魅力的で彼女たちが出てくるだけで魅入ってしまいました。

 ただちょっと登場人物たちのナレーションがコロコロと変わって、エピソードもバラバラに描かれるので散漫に感じてしまう部分もありました。それに確かに綺麗な映像でしたが、これ見よがし感も受け取ってしまって嫌味に思ってしまうところもありましたが、アメリカの男女は好きでもないのに同じベッドで寝ても何もしないのかと驚く映画でもありました。グイグイ来そうなのにオクテなのか何なのかと勉強になる映画でした。
もう読まないで、おねがい。


あたし、おんなです。やから、分かりました。全員、あたし、でした。

声がきこえる。
今まで、あたしのことを、何度もすくってくれた、おんなのひとたちの声がきこえる。
「私、」
声が、きこえる。

みんな、あたしやった。あたしが、彼女たちやった。
あたしには、なんにも、ない、って、人に言ったこといっぱいあるけど、嘘です。ちゃんと、あたし、有ります。人より、色んなもの。でもそれが、誇る価値のないものって思い知るんが、嫌だったんです。いっぱい、嘘つきました。ハロプロも、嵐も、ほんまは、大好きでした。合唱曲が、北欧の音楽が、大好きやのに、一等、好きな人の、あたしの理解が未だ届かん、かっこいい音楽を思うと、怖くて、重さをはかって、そんな自分に絶望して、いつも言えん。まだまだ、まだ、先。先生の話す名作の映画、わからんのに、知ってます、みたいに、ニコニコして、聞いてました。彼はあたしの、半分やと、思ってました。あの子よりあたしの方が、相応しいって、思ってました。でもあの子のこと、可愛いって、誰より、誰より、分かっとったの、彼よりずっと、あたしやったと思います。嘘つきました。大声で話して、口開けて笑って、ゴチャゴチャ色んな色で毎日眩しいあの子達に、憧れとったんです。あたしが、なれんわけがないやろって、思ってました、なれんことにだけ、気づけませんでした。なろうとせんことが、一等、本物に近いことを、分かれんかったんです。あたし、どこやろう。あたしは、誰なのやろう。あたしはどの子で、どの彼に。そう思っとったら、いつの間にかもう、何もかも、手遅れでした。好きっていうことにも、嫌いっていうことにも、どっかで、ここやない、って思うように、

なりました
なったんかな
元々そうやったっけ
そうだった気もする

そもそも
こんなことどっちでも、
叶愛は叶愛で
かなえさんは、
ああでも違う、これは、また
彼の声だ

あたしの声は、
あたし、あたし、

ああ、あたし、おんなや。
なみだがとまらん。
爪噛むくせが、なおらん。人の前におると、まったく噛まんのに、ひとりで、映画とか本とか見とると、勝手に噛んでしまう。人の前で、あの子の、彼の前で、爪が噛めん。

「ほんまの自分なんておらんのちゃうん」声が聞こえる、

「私、あなたのこと好きよ。」
「多分、永遠に忘れないわ。」


安心したい。
あたしのことを、決して追い抜かずに、でも、あたしの先で、見守ってくれているもの。あたしのことを絶対置いていかずに、そうしてと頼まんでも、あたしの後ろから固く抱きしめてくれるもの。


「神様か誰かがくれた力なんだよね。お陰で苦労もするけどさ」


安心したかった。
あたしがあたしでおることが、世界で一番、正しいって、あたしじゃない、誰かから、あたしの心の中で浮かぶ言葉を、あたしじゃない声で、あたしじゃない手で、あたしのものじゃない温度で。手当たり次第に、正確に。
それを、探して、探して、欠片を、破片を、ああでも、これもみんな、あたしのもののようで、あたしのものにしたようで、ほんまはみんなちがう、

ちがうんかな
ちがくないよ
あたしの管だよ
ああでも、こんなんしとる
あいだにもまた、

「今あなたを抱きしめてくれる人は、あなた以外にはいないのだ」

「きれいな音楽は社会の腐敗を隠す」

全員、あたしだ。
なのにあたしは、
誰でもおりたくない

相反。鏡面。反射、相違に戸惑って、苛み、悪夢が本物。他者に齧り付いて、褒め言葉を、忘れられん。「やっと気づいたん?」て、言わないで。ああ、やっぱり、わたしは、最初からきっと無敵やのに、してきたこともやっていくことも、出会ってきた人とそれに対する自分のつい昨日までの過去の態度、愛想が良くて、犬みたい。自分だけの妖精の話を、あの子に睨まれるまで書いとったの、いつやっけ。面白くてよく笑う。髪が綺麗で足が細い。ママかと思っていく、あたしの顔。パパの好きやった歌を聞けず、教えてもらうものを古着のようやと感じていく。
「その人らになるん、あたしの頭の中の、あたしだけにしか聞こえん、あたしもたまに聞き逃す、自分だけの声の言語が、そのひとのものになる。」こうやって、全部がこうやって、また新しく、また繰り返し、怖くて怖くてならんくなって、あたしはいつ、正しくひとりぼっちでおれるようになるのやろう。

あたし、おんなや
もうそれしかわからん
最後に、人間って不完全だなぁと思った。
でもそういう所が時にチャーミングだったり人の心を救ったりするのかなとも思う。

アビーが「生理」を男性に堂々と言わせるシーンが印象的で、二十世紀の時代の話だけど訴えることは今と変わらなかったんだろうな…と。
複雑なんだけど共感できる内容ですごく人間らしかった。フェミニズムや生々しい話にも耳を傾けるジェイミーが大人に見えた。でも子供だからこその素直さからなんだろうなとおもう。
やっぱお母さんって偉大。
監督自身の母親がモデルらしいけど素晴らしいお母さんだったんだろうなぁ。脇役キャラクターも魅力的過ぎてこんな思春期送ってみてぇわって感じ。エル・ファニングが美人過ぎてヤヴァイし、グレタガーウィグは監督業のこと考えると実際も職人気質だろうしキャスティング素晴らしい。
1979年の南カリフォルニアを舞台とした作品。

激しさはなく、淡々と綴る物語かもしれない。
しかしこの時代に溶け込めるかのような音楽や雰囲気、この部分をどう解釈するかによって面白さが決まる。

個人的にはテーマがちょっと合わなかった。
思春期真っ只中の息子、その趣味や思考を理解しようなんてことがどんなに大変なものなのか。
自分が同じ年頃の頃は無味乾燥なものだったな、と激しく後悔。
両親に話を聞いたことがあるけど、全く手のかからない子供だったそうな⤵
群像劇って難しい。それぞれに葛藤があって1回観ただけじゃ掴みきれない。なので、ざっくりまとめると折に触れて観たい映画。で、観る度にきっと違う味わいのある傑作。とても良い映画。

とりあえず、今回観て考えたことは“他人を理解することの難しさ”
シングルマザーの母親(55歳)は思春期を向かえた息子(15歳)が少しずつ分からなくなり、息子の良き理解者に協力を要請する(この時点では直接的に息子を理解することは放棄している)。
中盤、息子の行動が過激になるにつれ、母親自身も息子の考え(趣味嗜好)を理解しようと努力する。時に、過激さゆえ修正しようとする(けど、最終的には本人を尊重する。良い母親。)
ラスト、ある意味で思春期特有の葛藤(過保護への反発)を乗り越えた息子の発言に心を開く母。安モーテルでラジオから流れるルイ・アームストロングの演奏で踊る親子と愉快な仲間たち。母親が死去した際、葬式でルイアームストロングをかけたという伏線(中盤のナレーション)を加味すると、この瞬間こそ親子が理解しあえたと感じられた欠けがえのない瞬間だったということが強調される。最高。

私が好きな映画の台詞で“人生が価値を得るのは他者と真の関係を築けた時”というのがある。
他者を完璧に理解することは出来ないが、真の関係を感じる瞬間は存在する。本作もそれに通じるものを感じた。

あとは、車で移動するシーンの演出とか1979年のファッションも格好いい!“menstruation”連呼するシーンも最高!
言いにくいことを言ってくれる映画だった気がする。
「愛し合うべきだ と思っていたのかも」
「感じない」
「あなたのことよ。男に対して冷めてる」
「私みたいになって欲しくなかった」
淡々と(に見える)語り合える間柄、羨ましい。
否定もするけど主張もできる。
これまで煙草が嫌いだったのに格好良く見えてしまった。
性教育の仕方ってむずかしいな。
子供の年齢に合わせて、って思っても周りからの過激な内容は防ぎきれないし。
みんな悪気はないし、むしろ伝えるべきだと思ってるし。
自分にとっての適切と、周りから見た適切とのギャップ。
そもそも自分に必要なものが何かわからないわたしは、一度自分を深掘りする必要があるのだけども。
最近外に外に求めすぎて、落とし込めていないことがいっぱいあるなと思った。
ゆったりした音楽と、ぽつぽつ語れる家族・友人と、その時間と、ぜんぶいいなぁ〜と思った。

というわけでいまからぐだぐだすることにした。笑
 2歳年上幼馴染のエル・ファニングに生殺しにされる黒髪巻き毛の美少年になりたいし、開始7分の太ももがピーク。途中飽きちゃったの……へへ。まあ人生ってそういうものでしょ感。
20th Century Woman。20世紀の女。母と子のひと時の、ほろ苦い、それでもかけがえのない関係を描く。思春期を経て青年へ向かう息子と、離れていく息子に寂しさを覚える母。親子であっても全てを打ち明けることができるわけもない。でも最後に残るのは剥き出しの「親子」。たとえ世界が終わっても、どんな人と出会い、影響されて、恋をして、家庭を持ち、死んでいくとしても、脈々と続くものがある。語り継ぎたい物語がある。語りつくせないこともある。でも生きていく。会えなくなっても過去を振り返ることは出来る。それが映画という形でも。だから映画って素晴らしい。
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