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葛城事件のTorichockのレビュー・感想・評価

葛城事件(2016年製作の映画)
4.2
「葛城事件」

人間には生理というものがあって、もちろんそれは映画という媒体にも反映されていて、黒沢清監督の作品が、生理的不安感や生理的恐怖感を内包しているとするならば、赤堀雅秋監督の作品は僕にとって紛れもなく、生理的不快感・生理的嫌悪感・生理的羞恥感が、脂汗のように滲み出るような作品。

120分間ずっと、こんなにも気分を害され、同じ種族の生き物として恥をかくことはなかなかない。恐ろしいほど不快で、そして、それが時としてクセになってしまうような、いやなエネルギーを持っている、「その夜の侍」のように。

父親から引き継いだ金物屋を営み、マイホームを手に入れ、妻と息子二人に囲まれ、幸せな家庭を築いてきた葛城清と葛城家。
しかし蓋を開けてみれば、父親の期待と家庭を背負った長男は仕事を解雇され、清に結婚後きつく詰められてきた妻は、"あなたのことが最初から嫌いだ"と拒まれ、その妻が甘やかし続けた次男は、8人を無差別に殺して死刑囚となる。
ダメ押しで、"五月蝿い"という言葉がこれ以上ないほど似合うものがいないほど五月蝿い、死刑制度に反対する女が、死刑囚の息子と獄中結婚する。

やってられない。

自分が必死に築き上げてきた帰る場所が、それぞれの自滅で完全に壊れきってしまった。

やってられないのである。

でも、これは表向きな捉え方でしかない。
なぜなら、帰るべき場所の崩壊への引き金を引かせる一歩前、弾を込めて撃鉄を下させるところまでの原因は、間違いなくこの本人にあるから。
中華料理屋のシーンを見て、こういう人間は間違いなく存在するし、なんなら見たこともある気さえした。そして、こういうエネルギーが強すぎる人間の近くに置かれる人は往々にして、何かを発信出来ない人間なんだと思う。
この清という人間が悪い人間だとは思えないけれど、間違いなく人を理解"しよう"とする部分が欠如しているというか。

理解する



理解しようとする

は全くもって違う意味なんだと思う。

本当は清みたいな磁場の強い人間に、従うことはラク。自分の考えを持ち、自分なりの答えと行動を見つけていくアクションをしなくていいし、決定という重要なことをしないで済むから。
そういう面で清は「その夜の侍」の山田孝之演じる木島とものすごく似てると思う。

長男・保は清との関係から形成された、人の期待に応えることがアイデンティティだと思い込んでしまったからこそ、人の期待を裏切ってしまうことや望むものに応えれないことに追い込まれ続けてた結果なんだと感じた。
実際、彼の口からはネガティヴな発言は一切なかったし、弱みをスクリーンの前にいる僕たち以外には一切見せなかった。
息子はその背中を見てしまうけど、それを理解出来ないところが本当に苦しかった。

次男の稔は、やり方こそ間違っていたけど、きっとそこに逆らい続けてきた存在だと思うし、妻・伸子が稔を甘やかす理由にもなっている。それは、稔が清の思い通りにいかない存在を甘やかすことそれ自体が、伸子にとって完全に掌握された自身への慰めでもあるから。

家族は、引き金を引いただけなのだ。

清にとって、もしかしたらマスコミや世間の追い込みは、強いダメージではなかったかもしれない。
俺が一体何をした?という自責の念を無視して、憤慨し、大罪を起こした稔に対して、怒りに身を任せることができた。

だけど、田中麗奈演じる順子の存在がすごい。
バラバラになった家に土足で踏み込み、怒りをぶつける存在を擁護し始める。
あんたが原因なのよ?とでも言わんばかりに。
清が自暴自棄になるのは、この女のせいなのだと思った。そして、そんな女が、清が一生をかけて築いてきたはずである家族という存在の唯一の残りという嫌味。

人の気持ちを考えれない嫌なおっさんへの追い込み映画としては、過去に類を見ないほどキツイ。
稔の最期も、枝折り失敗シーンも、こんなにも突き放した話があるか?と思ったけど、清にとっては、それこそ言葉を返すようだけど、生きて償わなくてはいけないことがまだあったんだと僕は思う。ある種の再生の話でもあるのだと、どこか爽快な気分にもなった。

また僕が思うに、この作品から感じる嫌悪感は、この崩壊までの描写の細かいセリフや演出、そして何より、"食"、これがどこまでも実際の生活に近いものを感じさせるからだと思う。
「その夜の侍」でも出たけれど、例えば

・魚民の半額終わっちゃいますよ、ビールだけじゃなくてサワーも半額なんですよ
・言いました、バーミャンで言いました
・ローソンのツナサンド
・冷蔵庫の納豆
・コンビニ弁当
・プリン

すぐそこにある、自分たちと同じ食。
昔、殿(北野武)が、自身の著作の中で、

"インスタントとかそういう、簡単に作れるものばっか食べてると、そりゃインスタントみたいに簡単にキレたり、我慢もできなくなって、簡単に殺しちゃうよ"

と書いていた。
実際の成分がどうなのかは知らないけれど、言い得て妙だと思う。

映画の冒頭、朝食で出前のピザの残りを食べる食べないの問答を繰り返しているシーンですぐにわかった。別に普通の会話の話なのに、この家族は、壊れ始めているんだなということを。

それに、味という感覚って、僕の中では五感の中でも最も鮮烈かつ生理的なものだと考えていて、作中の壊れていく人たちが食べているものの味が伝わることが、本当に神経を逆撫でするものだった。
・とろろそば
・ナポリタンとミートソース
・カップ麺
・コンビニ弁当
そして
・水餃子食べちゃってくださいね〜

食べちゃってくださいね〜じゃねぇよ、うるせーよ笑
ここで、爆笑してしまいました。

三浦友和は「アウトレイジ」以外ではあまり縁のない俳優だけど、こんなに演技が上手い俳優さんなんだと感心しました。

いやいや、すっきりしない映画だけど、爽快な気分にもなる映画でした。
またカナブンのどうでもいい話とか、三浦友和の"三年目の浮気(男パートのみバージョン)"を聞きたくなったら、見たいと思います。傑作!


追記です。

とにかく、こんなにもどんよりした静かな映画なのに、鑑賞中ずっと後ろのおっさんがポップコーンをかき混ぜながら食べるという迷惑行為を働き続け、ぼくも三浦友和の感じで、


"今日、せっかくのファーストデーなんですよ。俺だって、できればこんな話をしたくないですよ。週一で通ってんだよ、映画館に。何か見たいものがあれば、かならずDVDじゃなくて見てるんだよ、映画館で。やれ、「ヒメアノ〜ル」だ、「ズートピア」だ「帰ってきたヒトラー」だ、やれ「進撃の巨人」だ、必ず観るんだよ、映画館で俺は。静かに食べる?そういう話をしてるんじゃないんだよ、こっちは。
マナーの話をしてんだよ、こっちは!!
...

あっ、水餃子食べちゃってくださいね〜冷めちゃうとあれだから!"

参考動画

http://m.youtube.com/watch?v=ZqjroEKdhnI

とは言えませんでした。
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