Arata

大恋愛のArataのレビュー・感想・評価

大恋愛(1969年製作の映画)
5.0
昨年末より上映の『ピエール・エテックス レトロスペクティブ』5作目。

「幸福な結婚記念日」と同時上映の短長編。
エテックス監督の作品で、唯一のカラー長編。



【あらすじ】
主人公の結婚式が、ロワール川沿いのトゥール教会で執り行われている。
しかし、生来のプレイボーイである彼は、自由な恋愛を続けたいと、未練がましく感じている。

それでも時は流れ、妻の実家の稼業の跡取りとして立派に働き、奥さんとも仲睦まじく暮らしている。

そんな折、謂れのない噂話から妻は激怒。何とか仲直りするも、ペットの存在や義母のお節介が、何かと疎ましく感じ始める。
そこへ、長年勤めたベテラン秘書が辞め、新人秘書として彼の好みのタイプの女性がやって来て、密かに恋心を募らせていく。
更に、絶好のタイミングと言わんばかりに、妻がしばらく家を空けると言う。

妄想、夢の世界、たられば、などなど、日常的な出来事を、面白可笑しく巧みな映像技術で作り上げられている。

彼の恋の行方や夫婦関係、それらをエテックス氏お得意のエスプリの効いたお笑いやナンセンスギャグなどで描き、彼らの笑える失敗から、本当の恋、夫婦関係のあり方を見つめ直す、大人の恋愛ファンタジーカラフルコメディ。


【感想など】
・タイトル
原題は、“LE GRAND AMOUR”。
直訳は、偉大な愛。
「大恋愛」と聞くと、幼少期もしくは青少年期などの若い頃から、お互いに想いを寄せながらも中々成就せず、ようやく結ばれるまでを描いた恋愛一代記を想像するが、決してそう言うストーリーではない。
あくまで、登場人物の恋愛や、夫婦の笑える失敗を客観的に見る事で、観客側が「偉大な愛」とは何かを考える映画だと感じた。



・出演者
主演のピエール・エテックス氏と、彼の作品の常連の道化師さん達が、やはり圧巻の存在感。
また、奥さん役のアニー・フラテリーニさんとは、後に本当の夫婦となったらしい。
彼女は道化師・歌手でもあり、オープニングにも使用されている主題曲の歌唱も担当との事。



・スタッフ
脚本:ジャン=クロード・カリエール氏。
撮影:ジャン・ボフェティ氏。
音楽:クロード・スティエルマンス氏。
カリエール氏は、全てのエテックス氏作品の脚本を担当。
ボフェティ氏は「ヨーヨー」「健康でさえあれば」「絶好調」、スティエルマンス氏は「幸福な結婚記念日」でもそれぞれ担当されているとの事。
スタッフ全員で、阿吽の呼吸の様な熟練の関係性が存在しているのかも知れない。
そう感じる程、完璧に作り上げられた素晴らしい世界観だった。



・映像
初のカラーで、それまで他のモノクロ4作で感じていたカラフルな色使いが実際のものとなる。
とても美しく、どのシーンも効果的に演出されていると感じた。



・印象的なシーン
「冒頭の空撮」
これから始まるストーリーは、「あくまで俯瞰で見つめてね」とでも言っているかの様で、特別感情移入などはせずにフラットな目線で鑑賞出来た。

「結婚式場での、数々のギャグ」
こけたり、立ち上がるタイミングを間違えたり、軋むドアの音が赤ちゃんの泣き声の様だったり、隙があれば笑わせにかかってくる感じが、一瞬たりとも目を離せず、釘付けになった。

「たらればや、妄想、夢の中の映像化」
もしあの時違う選択肢を選んでいたとしたら、と言う「たられば」を回想しながら、実際に映像化する事で、登場人物の頭の中がスクリーンに投影されている様で、とても面白かった。
花嫁候補だった女性たちが、ズラリと花嫁衣装で並んでいたり、財産分与で家具などを真っ二つにして分けてみたり、奥さんの顔がお義母さんになっていたり、噂話が膨らんでいく様子の再現も可笑しかった。
特に、新人秘書に想いを寄せて、「もし10年若かったら」と考えているシーンは、会場も大爆笑だった。

また、夢の中の世界の映像化は、この作品のジャケット写真にも使用されており、まさに最大の見せ場であると思われる。
夫婦が寝室のベッドで寝ていると、浮気にうつつをぬかす夫は、夢の中で恋心を寄せる新人秘書の元へとベッドを走らせる、と言う荒唐無稽な展開だが、これがとても幻想的でかつとても笑える。
ベッドが、田舎道をまるで車の様に走っていくのだが、途中乗り捨てられてぼろぼろになったベッドや、衝突事故を起こすベッド、仕舞いには渋滞に巻き込まれたり、単なるお笑いとしても面白い映像な上に、様々に考える事も出来そうだなと感じた。
パンフレットによると、これらはベッドにイタリア車のフィアット500のエンジンを乗せ、実際に運転できる様に改造されたものらしい。
着想は、制作者の1人が都会で寝ていると、夜中中車の騒音に悩まされ、「寝ていても車に乗っている様だ」と言う事かららしい。
イライラをファンタジーに変える発想力に脱帽する。


「カラフルな映像」
主人公の妻曰く「似合わない」と言う真っ赤なスポーツカーや、お義母さん曰くこれまた「似合わない」と言う上下色の違うジャケットとパンツなど、色の意味もおそらくあるだろうが、それ以上に「いつもとの違い」がはっきり分かる、そんな印象を与える映像効果も印象に残った。

「砂に書いた愛してる」
砂を集めてポケットにしまう。とてもユーモラスで、ロマンティック。


などなど。
この作品もやはり全てが絶妙。

最後、駅に迎えに行くのも良い。
その後の、嫉妬や痴話喧嘩も含めてとても良い。

思えば、物語の始まりも、駅からであった。



【飲み物】
結婚生活で、クリスタルのデキャンタボトルとグラスのセットで、お2人が飲まれているブランデー。

ウイスキーかも知れないが、フランスの映画と言う事で、ブランデーと推察。

胴が膨らみ口がすぼまった、ブランデーグラスなどではなく、真っ直ぐな形状のいわゆるタンブラーでグイグイと飲んでいるので、あまり高級なお酒ではなさそう。
しかし、クリスタルのデキャンタと言う高級品に入っているので、絵に描いたように「お金持ち」と言う事を表現しているのだろう。


【総括】
エテックス監督作品唯一のカラー長編、色使いも鮮やかで、ますます楽しい。
恋や愛について、幾つもの可笑しな失敗を目の当たりにして、自らにとっての「偉大な愛」について考えるでもなしに考えさせられる、エテックス監督はじめ制作者さんからの「偉大な愛」を受け取る事が出来る作品。

より一層、エテックスさんが好きになった。
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