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ふきげんな過去のTorichockのレビュー・感想・評価

ふきげんな過去(2016年製作の映画)
4.4
「ふきげんな過去」

最近の二階堂ふみは、あまり魅力的に見えなくなっていた。
女子高生の格好して、ただのイケメン山崎賢人で味付けされた、女のコが望む、商業ドS野郎なんかとの恋に落ちる映画なんか出ちゃダメだよ!とか、中島哲也に適当に使われたりしちゃダメだよ!とか、元々バラエティ気質があったのかわからないけど、バラエティ番組でニコニコ楽しそうにする彼女を見て、"違うよ、ふみちゃん!君はそっち側のひとじゃないはずだ!"と、超自分勝手な見方をしていたのは、きっと僕だけじゃないはず。

だけど、冒頭の彼女のブスッとした顔を見てホッとした。
ふみちゃんは、ふみちゃんだったぞ!

そもそも出てる女優さんたちが素晴らしい。
袖の春子じゃなくて、小泉今日子と二階堂ふみしか情報を入れずに行ったら、二階堂ふみのお姉ちゃん役が黒川芽以じゃん。エッロ!
この家に住んだらとか考えると、どうかしてしまう。
フォロワーさんがおっしゃっていたので、僕も乗っかりますが、是枝監督がよだれを垂らしながら撮った四姉妹の映画「海街Diary」の綾瀬はるか、夏帆、広瀬すず、その他、の数段上をいくナイス家族構成でした。

また、ロケ地にも非常に感銘を受けた、というかうちが近くて嬉しかった。

北品川の商店街を、傘を引きずりながら練り歩く二階堂ふみ演じる果子。その道、僕もそんな風に歩いたことあるよ!と、嬉しい共感をしたり、ヤスノリちゃんをじ〜っと見つめる喫茶店は、うちから歩いて5分にある大森の名店・珈琲亭ルアン。僕、そこに行ったことあるよ!とアガッたり。いつ撮ったのよ、全然知らなかったわ...。

監督・前田司郎は、僕のオールタイムベスト映画「横道世之介」の脚本であり、マイベスト邦画ロードムービー「ジ・エクストリーム・スキヤキ」の監督。
小さな町の小さなうわさ話と、漢字書けるかどうかとかどうでもいい会話とか、それぞれがそれぞれ言いたいことだけを言ってるだけで、理解とか共感をするでもなく、でもそこで完成されるコミュニケーションが、どこか懐かしい家族というものを感じさせてくれた。これが懐かしの旧友なら、「ジ・エクストリーム・スキヤキ」だし、きっとこういうのが、前田司郎監督にとっての人と人との関わり合いなんだろうなって、そんな風に感じました。
また、本作のすごい重要なポイント、衣装。
どの服も本当にすごい可愛くて、さすが伊賀大介さん。なのですが、言葉にはできないんだけど、彼女たちの服装を見ているだけで、向かいあってるポイントを映っていた気がするというか。
例えば、小泉今日子演じる未来子が家に突然帰ってきたときは黒い服を着ていて、そこから家族と向き合うに連れて明るい服に変化していく。また居なくなってしまった未来子のことを縁側で考える果子は本作で唯一黒いワンピース?を着ていたような気がする、確かではないけど。黒川芽以ちゃんの演じるお姉さんも、この家に住んでいないからなのか、黒い服が多かったような。
とにかく、衣装が素晴らしい。必見です。

つまらない、退屈、何か起これ、何も起きないのは知ってるけれど...そんな、イライラを常に抱えながら毎日を過ごす果子の気持ちは、きっと誰にでもあったはず。
だけど、その時期を超え、もう取り返しのつかないところまで来てしまった人にとって、そのつまらなくて退屈なフラストレーション
に溢れていた時間は、案外とっても愛おしい時間だったりするわけで。

爆弾は、とてもシンボリックな存在。

つまらない、退屈。
そんな、10代の火薬に火を点けて、爆発してきた未来子伯母さん。
僕たちだってそれぞれが感じてきたはずの、10代のつまらない、退屈という火薬。
そこにどんな類の火をつけたのか?そして、いつまでその火を消すのにかかったのか?
バンドなのか、映画なのか、スポーツなのか、それはわからない。だけど、物理的に何かに没頭することでは満たされない爆発もあって、果子はそれを肥大させた女の子。
果子は、膨れ上がった爆弾を持っているのに、火のつけ方も何に火をつけたらいいのかも知らなかった。
だから、いるはずないと分かってるけど、ワニが現れるのを待ってみたりする。

未来子伯母さんは、その都度その都度ちゃんと爆発させてきた人。そして、比喩ではなくて本当に爆弾を爆発されてきた人。
果子にとっては、初めて自分が走りたい道を駆け抜けた人と出会うことになる。だから、うらやましくて、煩わしくて、鬱陶しくて、憧れてしまう。
"遠い目をして言わないで!"
と、果子が飛び掛かるのはそういうこと。

"あの頃は良かったみたいに言わないで!もう終わって何も残ってないあなたが懐かしむ場所に、私は今そこにいるんだから!
他と同じように、見える未来にならないで!"

という意味なんだろう。
だから、未来子が全然遠くに行ってなかった
時の怒りは本物だし、また会えた喜びも本物。いて欲しくなかったし、いて欲しかった。

僕はそういう気持ち、すごいわかるよ。

未来子が爆弾を爆発させてきたのなら、果子のせめてもの爆弾は、"つまらない、退屈。の火薬"を爆発させてきた末路の未来子に向けた"犬のウンコ"だったんだ。
爆笑と同時に、果子の想いに涙が出そうになった。

いろんなことを知りたくて仕方ないカナちゃんと、いろんなことを壊したい果子と、いろんなことを諦め逃げてきた未来子が、探し物に行く夜の探検。
カナちゃんが二人を探す声を聞いて、未来子が"切なくてキレイ"というのはきっと、今からいろんなことを知って、壊したくなって、でも壊せなくて諦めていく姿を想ったからなのでしょう。
ってか、カナちゃんがかわいいかわいい。
ギター持った10コは歳の離れた男を、
"話がつまらない"
と言い切るところとか、もうかわいくて。

あと、一個グッときたシーン。

授乳をするサトエさんの"私の勝ちよね?"

これはきっと、板尾創路演じるタイチのことではない。
誰にでもある自分自身の火薬を抑えながら大人になり、つまらなくて、退屈な爆弾を、そのまま平凡という日常に替えて、それを掴み取ったサトエさんだけが言える言葉。
劇団ひとりの「青天の霹靂」で語られた

"自分のこともっと『特別』だって思ってたんだけどな、普通の人生手に入れるのって、すげぇ難しい"

や、
「その夜の侍」で散々刷り込まれた

"平凡って、必死に掴むもの"

に通づるものがあった。

でも、この映画が、もう一段上の作品になってるのはラストだと思う。
ネタバレにならないように言うのが難しいけど、自分でも信じていなかったことが起こって、それがありえない日常になって起こってくれた。
果子は、爆弾を爆発させることができるかどうかは分からないけれど、一つだけ確かなことがあって、それは

退屈でつまらない毎日だと思っていたことがひっくり返った、実は二度と戻れない特別な夏休みなのかもしれない予感

を感じたんだ。

その瞬間、この映画で初めて果子のキラキラした笑顔が見えて幕を閉じる。

なんて美しいラストなんだろう。

この作品、見れば見るほど新しい味に出会える、そんな詰まった傑作なんだと思う。

観終わって今感じること。

もしかしたら、今年の夏は何か特別な面白いことがあるかもしれない。
そんなことを期待しながら、僕もつまらない、退屈な夏を迎えます。

素晴らしかった。



追記
女の子に、
"あんたなんて、運命が数奇なだけで、中身空っぽじゃない!"
って、言われるような生き方だけはしないよう気をつけます。
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